第18話 格納庫の人形
コクピットは単座だ。操作には自動車用のハンドルを、中央で二つに分割、グリップ状に変形展開できるギミックが備わっている。
ルスキニアは席で中を確認するマキビへ問う。
「動力は、水蒸気か?」
「いいや、これは通常の甲冑機とは違う」
本来は永久機関を備えて扱う、ホムンクルスの監督機であった。
黄白丹さえ積まなければ、現状ただの木偶――のはずだ。
黒猫が、正面の計器に降りる。
「起動した?
動力もないはずなのに――」
その足場に円形の盆があり、黒い招き猫状のシンボルがあしらわれていた。
「……関係ない、わけがないよな?」
「ルスキニア、もう遅いかもしれないんだけど」
「なんだ」
「この機体が暴走しそうになったら、そのときは迷わず俺を殺してくれ」
「急なことで、お前がなにを言ってるのかさっぱりわからん!」
「説明はする、ただ――またちょっと専門的な話になるから」
「聞かせてくれ」
マキビは話しだした。
「まだ確かめないとわからないことは多い、これは錬丹術のために用意された人形だ。
さっき言ったように、ホムンクルスの使役には、霊長の丹、ソーマを供給する炉、ないし永久機関、そして、それを制御するための媒介がいる。
俺はその媒介をいま、捜している」
「媒介、ってのがないと、この人形が暴走しちまうって?」
マキビは頷く。
「この人形は永久機関を介して、ホムンクルスの軍団を御し得るものとして、研究室が独自のツールを盛り込んで、開発を発注した」
「媒介ってものの役割は、なるほどわかったよ。
でもそもそも論、どうやったら媒介ってのは作れるわけ。
また、錬丹術かなにか?」
「霊長の思考を反映し、同じく霊長から摂れたエネルギー体を制御する、そのために
それもまた、ソーマや丹に関わる技術さ。
ここにはそれがない」
「寧ろないのは、『本来の動力源』だけじゃない?」
「――え」
下から声がすると、やってきたのはなんとアイドニである。
「いま人形の媒介となっているのは、その猫ちゃん」
「みゃー」
「そして人形の動力源となっているのは、マキビくん、君自身のソーマなんじゃないかな。
本来そこに搭載されるべきもの、なんてのは私にはわからないけど。
補助動力となるものが、まったく見当たらないなんてのは、おかしい話だし」
アイドニのもとへ、ふたりと一匹が人形を降りて向かう。
ルスキニアから、口々に聞いた。
「どうしてここに?
昼は助かったよ、ありがとう」
「人形のこと、詳しいんだな」
アイドニは苦笑する。
「事務所に行ったら、ヤームルさんに入れ違ってこっちへ行ったらしいことを聞いて。
グラスちゃんの友達って言ったら、わりとすぐ通してもらえた。
この街じゃどうかしらないけど、甲冑機のいろはなら、田舎じゃ真っ先に教わるよ。
農作業や、僻地の作業には不可欠だし」
「おぅ……」
「なるほど、な――確かにそう考えるとつじつまが合う。
にしてもきみ、人形どころか、ソーマにも詳しいんだな。
吸血鬼でもないのに」
マキビが言うと顔を赤くして嘆息する。
「人間なのは、お互い様でしょう?
それにうちは――ちょっとでも、るーくんの役に立てるならって、想ってるだけで」
「あぁ、そう、ほれ行ってこい」
「ちょっと?」
彼も呆れながら、ルスキニアを彼女へと突き出した。
「なるほど、ならこれは、このまま俺のほうで、学園の敷地まで持っていくか」
「いけるのか?」
ルスキニアに問われ、頷く。
「動かすだけなら、俺のソーマで充分ってことだろう。
搬入するためか、備品調べてたとき、未使用のガレージがあった。
今後はあそこに置くよ」
「そういえば、再始動するって言ってた研究室、やらかした上級生の吸血鬼は結局どうなるんだ?」
「血を猫に与えただけでも、それが露見して大騒ぎだ」
アイドニが言う。
「あれは今日付けで退学になってたね、掲示板で出てたよ。
あとお薬作ってたってひとも、一緒に処分されたみたい」
「すると残されたのは、部屋と教授に、間抜けどもが遺した研究のデータだけ。
どのみち、元通りとはいかなかっただろう」
ルスキニアは、他人事のように言うマキビに、苦言を呈する。
「その上米を掠めていく人間が、言うセリフじゃねぇよ?」
「かもな。あいつらの積み上げてきたものを、ほかに盗られる前にと、俺は出し抜いたわけだから」
物音がして、振り返る。
肩で息つかせた、吸血鬼先輩がいた。
「本来の持ち主が、戻ってきたか。
ルスキニア」
「面倒になったな」
アイドニに黒猫を預けて下がらせ、ふたりは前に立つ。
「さて――先輩、やっと来てくれましたか」
何度目かの白々しいマキビの態度に、またルスキニアの視線が冷たい。
眼前の男と、その背後に控える工房の主人も同様だ。
「ふざけるな、俺の研究を横取りしやがって!」
「人聞きが悪いな。
自宅へ工作員に入られて、わざわざそれを、俺たちで取り返したんですよ?
これは侯爵の
(確かに言っている過程は間違っていない、間違っていないのだがッ……!!?)
マキビは薄ら笑いさえ浮かべている。
ルスキニアやその場にいる、ほかの全員があっけにとられた。
虚言は吐かずとも、この男、どこまで胡散臭くなれれば気が済むのだ?
「それで、研究は外されてしまったようですけど――あのお方への申し開きはありますか?」
「人間如きがあのお方のお傍付きだ?
馬鹿にするのも大概にしろ!?
あれは俺の買ったものだ!」
「持っていくというなら、とっととご自由にどうぞ」
いいのか? とルスキニアは視線を向け、マキビは肩を竦める。
「あなたの持ち物ですからね。どのみち、これだけでは動かせないようですし。
いったいどうやって動かすのやら、通常の甲冑機が水蒸気を電源とするのに、あれはそうでない」
「貴様らには関係ない!
劣等種が俺様相手に口をきけると想うな!」
アイドニはわかっていて、うまいことあの男の視線に黒猫が入らないよう隠れてくれていた。
マキビは拳骨で殴られる。
それから、男はマキビの横を通り過ぎようとするが、彼は言う。
「どこへ運ぶおつもりです。
表に運搬車もつけずに――学内の敷地は、もう生徒でないあなたには使えない。
教授が認めませんよ」
「うるさいッ!」
それ以上、彼を挑発することをマキビは言わなかった。
……どのみちこの人形は、彼に処分してもらうほうが良いかもしれぬ。
工房の主が、困り果ててマキビへ言う。
「あのお方の経由かい。……時々、変なのがやってくる。
人間が客として来るのも、珍しい。
甲冑機を買うだけの金があるやつは、限られるからな」
「御覧の通り、僕らは客ってより、今回先輩のバックアップが主です」
ルスキニアがまたすごく歯がゆそうにしているが、放っておく。
「わりにお互い、欠片の敬意もないように見受けるが」
「否定できませんね。
ご迷惑をおかけしました――もしあの男が続くようなら、こっちに連絡ください。
彼が対処してくれるはずです」
マキビは頭を下げて、事務所とルスキニアの連絡先をメモした紙をフレウへ手渡す。
こういう世界観なので、基本的な連絡手段は、固定回線の置き電話しかない。
「ルスキニア、あとは頼んだ」
「えぇ……」
彼はマキビに耳打ちする。
「確かに結社のほうで、甲冑機用の移送は手配できるが――あの男、このままだと格納庫に居座るしかないだろ?」
「これを発注して支払いを済ませた本人は、まぎれもなく彼だからな。
人間の俺が言っても話は拗れる、わかるだろう。
それに、彼がどこへ人形を持っていくのか、あてがあるのかは放っておけない」
「そりゃそうだけどもぉ……。
アイさん、マキビと猫、先に連れて戻っといてくれる?
俺も後から――行けなかったら、そいつを夜中でも電話口叩き起こすから」
「わかった」
アイドニはあっさり頷いた。
マキビからすると、てっきりもう少しルスキニアといたいかに見えたが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます