第13話 吸血鬼の治世

 あの上級生がやっていたことは、もう教員らへ露見したらしい。

 マキビが目覚めたころ、緊急に職員会議が開かれていた。

 保健室で覚醒したとき、グラスが手を握っていてくれて、びっくりして心臓止まりそうになる。


「ご、ごめん、近かったよね」

「あぁ……心配して、くれたの?」

「そりゃ、当然でしょ。

 クラスメイトが、いきなり倒れちゃったら。

 なのに――昼間より、顔色良くない?

 先生は、休ませておけば大丈夫だろうって、言ってくれてたけど。

 咬まれてたよね?」


 前髪の後ろ、上級生に焼きいれられたばかりの火傷痕があったはずなのに、さすってみたら、嘘のようになんともない。

 それから、猫に咬まれた首筋に手を置いて、あっけにとられていた。


「傷が――消えてる?」

「うーん……このこと、ほかには黙っててくれる?」

「あ、うん。あの先輩、猫に吸血種の血清を投与してたらしくて。

 先生たち、すごい困って、怒ってた」

「やはり、自白したのか」

「あの子が暴れたら、当直の先生を前にして、あの後。

 それで、あの人はその場で拘束されて――気が抜けちゃったみたい」

「猫のほうは?」

「きみが倒れた後、死んじゃって――死体は回収されたようだけど。

 問題になってる」

「――、どうしたものかな」


 マキビは額を押さえて、嘆息する。

 にしても、急なことだった。


「……死んだとはいえ、血とか抜かれて、鑑定されるよな。

 その後でもいい。なんとか……埋葬してやれないかな、俺たちの手で」

「一応、聞いてくるね」

「悪いな、おかげで変なことに、巻き込ませた」

「ううん、乗り掛かった舟、だよ」


 彼女はそう言って苦笑するが、すぐに笑うのをやめる。


「なんか、ごめん」

「謝ることも、落ち込むこともない」

「え?」

「今は、確定じゃないけど。

 あのときは、ああするしかなかったし……たぶん、あれでよかった」

「どういうこと?」

「その時になったら、ちゃんと話す」


 保健室の扉を叩く音がする。

 直後、ルスキニアとアイドニが入ってきた。


「無事か、先輩に掘られかかったって!?」

「待ってなんで」


 ルスキニアの言葉に、アイドニが顔を赤らめる。

 実は腐向けの趣味をお持ちで?


「掘られる――ってなんです?」

「知らなくていいから」


 グラスまでそっちに関心持たれると、どういう顔していいかわからなくなるので。


「なぁ、なにがあったか、わかってて言ってる?」

「いやすまん、情報が錯綜してるもので。

 お前が先輩に襲われたらしいというのは、真っ先に」

「だからって淑女の前でそれはない。

 知らないんだな?」

「聞かせてもらえるか」

「……難しいな。グラスさん。

 先生は、なんつってた」

「誰にも喋るな、マキビさんにも、ことがはっきりするまで、なにも言うなって。

 かんこーれい、ってんですか、こういうの?」

「ですよね――、という類の内容だ。

 ルスキニアなら、そう簡単に口は割らないだろうけど」

「学内の暴行事件なんて、口外できるわけないよな……」

「頼む、そろそろそっちから離れてくれ、ほんと。

 掘られてないし、他言無用だから」


 いつまで俺は尻の穴を気にされなきゃならない?

 ともかく、昼間の一連は話した。


「急に暴れだした猫に咬まれて、気絶した。

 お前わりとすぐに死にかかるよな。

 ……けどそしたら、吸血鬼でないお前の傷が快癒しているのは、どういう理屈だ?」


 みながもっとも気になっている部分に、いよいよ切り込まれる。


「やはり、あの猫だろう」

「死体は学園側に回収されてしまったんだろう?

 でもとんだ爆弾だな――よもや、そんな愚かなことする吸血鬼がいるなんて」

「因果を突き止めるには、その死体を回収する必要がある。

 もうわかるだろう、ルスキニア」


 これは、結社に報告すべき案件だと。彼は静かに頷いた。



「学内で猫を被験体に、吸血種の血を用いた実験を?

 しばらくこのこと、公にできないでしょうね。

 ほとぼりが冷めたころ、実験の失敗で野良猫が死んで、生徒が処分されたことだけ、公表される流れか。

 で、当該の生徒が停学はわかるけど、よりにも現場に居合わせちゃうのね、きみは」

「突然のことだったんですよ、いきなり雨樋くだった猫が顔面に飛び掛かってくるわ」

「そりゃ災難だったねぇ――、にしてもまた、とんでもないものを、呼び起こしてくれて。

 上にどう報告すればいいことやら……情報料は払いましょう。

 いち早くうちに知らせてくれる、君には大した商才があるわよね」


 褒められているはずなのに、褒められている気がしない。不思議だ。


「……トラブルメーカー」


 回転椅子の背を向けて、ぼそっているが、わざと聞こえるように言っていよう。

 椅子の向きはすぐ、定位置に戻った。


「ねぇ、マキビ君」

「はい」

「ホムンクルス・グールやグールに関する研究。

 帝国で公的にやれているのは、唯一、カルセドニウス学園のみなのは知っているよね。

 吸血種の血を解析するという行為自体、建国当初から憲法で禁じられたほどよ。

 それだけデリケートな問題、それが多少なり緩和されて、カルセドニウスのみで認可されるに至る、史実流れがある」

「えぇ」


 具体的には、吸血鬼のみが発症する奇病『クライシス・シンドローム』についての解析を行うため、防疫機関が首都から離れた経済都市に設置された。

 現在の学園の前身となる組織である。


「首都である『サンフラスコ』に防疫・血の解析機関を置くことを、女帝が許さない。

 だからこそ、経済都市の侯爵の裁量が大きくなった」

「現在の吸血鬼社会は、女帝の君臨と、侯爵側が培った学術的権威のふたつの協調によって成り立っていると言ってよい。

 帝国の吸血鬼は、すべての吸血種の『始祖たる女帝があって初めて成り立つ』ものだから。

 野心を持つのは勝手だけど、あれには歯向かいようがない。

 かといって、侯爵という独特に確立した権力者も、扱いが面倒なのよ。

 ……学園で問題が起き、多くの研究のスポンサーである侯爵が万が一にも失脚や地位を追われると、その後釜を狙って、別のセクションからなだれ込んでくるでしょうし、クーデターなんてならずとも吸血鬼間の抗争は避けられない。

 場合によったら、真っ先に人が死ぬわ。

 君が持ってくる情報、今回は永久機関如きとは、その意味あい、重みが全然違うんだからね」

「――けど、吸血種の権能が、人間でないものに与えられて、黙っていられるほど、吸血鬼は呑気じゃありませんでしょ?」

「うん。あまり私の胃痛の種を増やさないでね。

 とにかく、経過報告は忘れずに。

 極力、というか必ずきみの手で、その猫の遺体は回収して。

 こちらに回すように、そうしたらお給料、弾んであげるから」

「イエス、マム」


 マキビは素直に頷いた。



 ……ただ、大事を取ってマキビは一日休むことになった。

 傷の快癒について知るものは限られているが、翌日無傷のつるつるで歩いていると、周りから不審に見られかねない。

 不自然にしたくなければ、もう少し時間を置きたいところだが、そういうわけにもいかず。

 交渉はその間なんとか――グラスとルスキニアが粘ってくれた。

 死体というものは、鮮度が肝心だったりするからな。

 埋葬したいという申し出は、当惑されるも、結果遺体からの血の採集が終われば、許されることになった。

 放課後、三人が院を訪ねてくれる。


「待ってた」

「ちゃんと、にゃんこの遺体は返してもらった。

 で……なにかするつもりか?

 遺灰で返すとかごねられてたの、なんとか当直押し切ってやったんだぜ」

「それは本当によくやってくれた、とかく、燃やされる前で助かったよ。

 ここじゃなんだな、そのまま結社まで運ぼう」


 ルスキニアとスクーターを駆り出した。


「なにが始まろうってんです?」

「黒魔術、――なんてな」

「げぇ?」


 マキビの洞察が確かなら、言っていることはあながち冗談にもならないだろう。

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