第8話 女主人公薬漬け
寝室に入ろうとしたら、物陰から鉄パイプが突き出されて、からくも避けて発砲する。
相手側も、こちらが銃を持っているとわかったとたんに後退し、窓側を背にした。
「なんだ、女の学友か。
もうちょっと遅く来てくれりゃ、お楽しみだったってのに!」
どこかと目で追えば、気絶した彼女は半開きな押し入れの布団のほうに、頭を押し付けられている。腕は縛られていた。
着衣は乱れていないところから、暴行に及ぶ未然にマキビが部屋へ立ち寄ったらしい。
にしても、鉄パイプ男、
「うるさいな」
扱いの慣れない銃、至近距離とはいえ確実にあてられないなら、頭でも着衣越しの心臓でもなく――そもそも殺しては情報がとれないし――男の足首に向けて、一発叩き込む。
腕に反動はあったが、弾はきちんと男の脛を穿った。
男は激痛に呻いたが、すぐさま足を引きずって、立て直す。
吸血鬼でもないのに、その胆力は大したものだ。出会う機会と場所さえ違って、心根さえ曲がっていなければ、素直に褒めれたのだが。
「扉は通してやらないからな」
「う、うるさい――馬鹿め!
こっちには後ろがあるんだよ!」
彼もまた、角材を拾うと窓ガラスへ叩きつけて逃走をはかった。
……あっちはルスキニアに任せているので、問題なかろう。
こっちは、アイドニの安否を確認しなければ。
単に血を抜かれているだけの貧血ならとかく、あの男は彼女に危害を加えようとした。
気絶自体が、あの男の作為ならば、失血だけじゃない。
不審な紙包みがあった、よく漢方などで見るのに近いやつだ。
粉末が微量に残留している。
「医者を呼ばないと――血を抜かれただけじゃない、薬まで盛られたのか!?
くそっ、脈拍が止まってる!
どうして……お前主人公だろ、出オチとかやめろよいやマジで!?」
主人公の生娘シャブ漬けとか、ちっとも洒落になってない!
急ぎ、心臓マッサージを始めた。
「マキビ、男のほうは拘束して吊るした――やはりなにかあったのか!?」
「大問題だよ、急いで医者を呼ぼう、下手すると命に関わる」
「な――」
「この近くなら、マキアトーネさんが近い!
俺が呼んでくる、お前は心臓マッサージだ、あとは」
ルスキニアに変わってもらい、自分は部屋から必要なものをかき集める。
冷蔵庫はないが、クーラーボックスに常温の飲料水のガラス瓶が何本か見つけた。
「もし呼吸が戻って安定するようだったら、適当に水分摂らせておいて!」
「あ、おい!!? ――っく、しっかりしろ!」
血が足りないどころか、脱水症状も起こしかかっている。
薬による強制的な発奮のせいか?
どうせ素人の自分にわかることなど限られる、専門家に任せるまで、緊急のつなぎにできることを最大限やるしかない。
ルスキニアは、彼女に呼びかけながら心臓マッサージを継続した。
扉を出たとき、せき込む音がする。
息は吹き返したようだった。
でもこんなのは、
(ゲームの展開より、話がハードになってる?)
彼女がこのごろ、男に襲われかかるなんて、そんな一大事、あれば流石に覚えていたはずだ。自分はなにをとりこぼしている?
世界の歯車のひずみに、自分が挟まれたような歯がゆく頼りない心地。
走る足がもつれかかりながら、でももう止まることはできない。
「こんなイレギュラー、聞いてないって……!」
虚空にひとり嘆く。
*
マキアトーネは急患に呼ばれて、怪訝ながらも現場へ急行してくれた。
「これで――容体は安定したが、随分物騒なことになったね。
この場所は、安全じゃない。
彼女、どっかで保護した方がいいんじゃない?」
「どこへ?」
「それは……うちの医院でもいいが、いま満床なんだよな」
布団に眠る彼女の傍らから、ルスキニアが立ち上がり、申告した。
「彼女、安静にして、容体が落ち着くようなら。
こっちで引き取っていいですか?」
「落ち着くあては、あるのかね」
ルスキニアは寮に住んでいるが、流石に女子生徒を連れ込むわけにはいかない。
アイドニが中層の女子寮へ入れないのは、端的にそのための金がないからだ。
……安い場所に妥協した結果として、このような危険が、身に降りかかってしまった。
「孤児院の方で――あずかって貰えれば」
そこでマキビに懇願するような視線を向けるので、こっちはあきれ返る。
「そこでこっちに押し付けるか、普通?
……ベッドの数はあるけど、子どもたちがうるさくなる」
「あの子たちだって、傷病人相手ならさすがに空気は読むだろ。
迷惑かけるが、数日くれ。彼女の代わりの部屋は、必ずこっちで探して手配する。
結社の情報網で多少なりマシな物件は選出できるはずだ。
なにぶん、どっかの医院に入院するとなると、出費がかさんじまうし、いまの彼女に払えるか?
それにこっちで、勝手に移住させようって言ってるんだ。
そしたらあとはぐっと楽にできる」
そんな男子ふたりのやり取りに、医師は肩を竦めて、言った。
「――、まずは本人の話を、聞いてからにしないか。
その前に、お節介ひとこと言わせてもらえば、彼女で一番安心するやり方を選ぶべきだ。
お金のことは、確かに問題だがね」
意識は回復していて、話せる。
確かに、彼女の意思を第一に考えるべき事柄であった。
「助けていただいて、ありがとうございます。
私は……大丈夫ですから」
「「その顔色で?」」
「ちょっと男子ぃ」
ずけずけ言ってしまうのが、ルスキニアやマキビである。
それが彼女を委縮させかねないことだって、もう少し早く気づくべきだ。
口々に詫びる。
「すまない」「ごめんよ」
ルスキニアは話し続けた。
「とにかく――なにか起きてから、黙って引き下がれるほど、俺のようなのはいい加減にできない」
「すいません……でもお金のこととか……ご迷惑おかけするわけには」
「きみを介抱したのは彼だ。
こっちが色々講じているなかで、無碍にされる方が――とは考えない?」
「マキビ、ちょっと黙れ。
なにを焦っている?」
マキアトーネに注意されると、悪びれるでもなく、肩を竦める。
正直自分が
自分が鞭で、ルスキニアやマキアトーネが飴の優男というなら。
それはそれとして……現状が不快だった。
どう選択を見誤れば、序盤にして本来なかった、『女主人公が薬盛られてモブ人間にレイプされかかる』?
……根拠というほどではないが、おおよその見当は今となってはついていた。
この薬物は本来、ゲームの中盤に出てくる。
カルセドニウス学園の敷地内で調合されたものだ。
学園は、都市の領主である侯爵がスポンサーについた、実質的傀儡。
学園の研究成果は、侯爵に献上され、しかしブツが作ってただ利用される段階で、彼に証拠や責任は問えない。
開発者は上級生で、侯爵から別の薬の研究で評価を受けていたことで、すっかり気をよくして、やがて侯爵本人によって、それとなく認可されない発奮薬を闇市場へばら撒くことを唆される。無論、教唆ってことになるべきなのだが――人間に対する、吸血鬼の教唆は司法側が忖度して「なかった」ことにされやすい。
ましてや一都市の領主がそんなことをしたところで、「愚昧な人間の勝手な暴走」だったことにされ、蜥蜴の尻尾切りされる。
マキビの場合は、孤児院を存続させるというまだまっとうな動機があったものの、当該の生徒は、虚栄心に取りつかれて、薬害が他人に及ぶことに躊躇いがない、文字通りの悪人である故、同情の余地は限りなく薄い。
侯爵はゲームの中ボスであり、街で起きるいくつかの事件において、なんらかの形でそのようにして関わっている。直接手をくだす男でない故、まずもって裁けない。
そして――あれは吸血鬼治世にとって、実に都合のいい男なのだ。
彼は街に住まう吸血鬼総体と、クレオのような一部お気に入りの人間を除いて――街の人間が、自身に関連する研究でいくら死のうが、どうでもいい。
それが「吸血鬼の絶対治世、その維持に繋がっている」かぎりは。
無責任なのは、弱い人間に対してばかりということだ。
なまじ独特の矜持がある故の、困った大物。
人間が都市で、革命や叛逆を画策しようと、彼からすれば「屁でもない」。
自身の実力で、容易く検知し、屈服できるから。
そして彼という支配者が万一いなくなれば、この都市の治安は悪化の一途を辿り、孤児院の存続どころでなくなってしまう。
いられても面倒だが、いなくなられるとさらに厄介。
目の上のたんこぶってどこじゃねーぞ……。
(薬の出処を突き止め、摘発する。
まずはできることをやるしかない)
マキビは歯噛みした。
彼女がこうなったのは、間接的には自分の責任だ。
そういえば序盤、侯爵の使い走りをやらされる段階で、薬の開発者に関わって――あのとき、さっき捕まえた男と同じ顔のが、話の邪魔をされて、一時は薬を受け取れずにすごすごと帰っていたことのある。
共通ルート時点の話だが、あれはアイドニに薬を盛らせないための、マキビによる存在的牽制だったと? ……いやわかるか!? シナリオライター、どんだけわかりにくい伏線張れば気が済むんだ!
とかく――マキビが侯爵じゃなく、結社の伝手を介した進学をすると、このようなクソイベントが発生するらしい。ゲーム知識無双ってこんな難しいものだっけ?
もうちょっと思考停止というかストレスフリーでプレイさせてくださらない、神よ。
「わかりました……お言葉に、甘えさせてもらいます」
こっちはひとまず、話のまとまったようだ。
孤児院には来訪者用の個室があったので、移動したら数日、そっちを使ってもらうことになるだろう。
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