第4話 死因を逆手に取る
クレオについて、事が既に起きた後に、俺は前世を知った。
そもそもが遅すぎだ。こうなるよりもっと早く、どうにかならないのかと感じずにはいられないが、事態は既に不可逆で進行している。
医師が最後に言っていた。
「それと、最近の夜間は気を付けた方がいい。
この周辺でもグールや吸血種が徘徊しているそうだし、子供たちになにかあっては大変だ。
いざそうなってしまえば、君たちを庇えるものはいない。
君たちが一方的に悪者にされる、気を付けたまえよ」
「えぇ、わかっています。マキアトーネさん」
彼の言葉は正しい。
身元不詳の存在に対し、それが子供であろうと、吸血鬼はおろか、人間でさえ粗相に手厳しいのがこの街だ。
このフラスコ、というか壺状地下都市にはおおよそ生活地域で割り振られるカースト制がある。
大別すると、三つか四つぐらいの
頂点にそれを統治する侯爵家や皇族の分家筋な貴族階級、次に吸血鬼と少数の人間で構成される下級貴族階級、俗に「上層」というのはこれがほぼ占めている。
その次に「中層」、これが最も多い商工業者などの中産階級となってくるが、一部の貴族ご用達ライセンス持ちは中の上となっており、それ以外から下層にかけてはほぼ一般的な市井と呼べよう。
中層より下となると、吸血鬼は殆ど含まれないし、含まれていても軽犯罪から釈放された前科者とかになる。
で「下層」というのは新参者、出稼ぎに都市へやってきた労働者などのいる文字通り下町であり変化も激しい、市販品や軽工業の工場があるところだ。
そうした一般身分にさえカウントされない最下層の「経済都市のゴミ捨て場」と下層の狭間に、この孤児院があって。
時折査察にやってくる役人などからは、生きている資格さえあやしい穀潰しとされる。
女で顔が良いのあれば、クレオのように良家や貴族の『性癖』にとまって拾い召し上げられることもあるが、それだって自身でなにかを選択できるでないなら、文明人の生活とは言えないだろう。いいも悪いもない。
それがまかり通るような前時代的価値観の社会に転生してしまった時点で、俺は何とも色々と出だしから負けている。
なまじ、社会に多くの歪みが見え透いているのが辛い。
いまの俺は何者でもない以上に、「何者にもなれていない」ただの頭でっかちだ。
*
夜、院の外で物音がして、子どもたちが怯えていた。
様子を見てくると言って、俺は松明と角材を両手に担うと、扉の向こうを眺める。
「――、やはりまた、いやがるのか」
女の子であるカーシャは、夜にこの近場を徘徊するグールが立てる物音のせいで、この三日、怖がってまともに寝付けていない。
あれは本来、吸血鬼に適性がなくて成りそびれた人間の骸、抜け殻、言わばゾンビである。
社会に混じることもできない産業廃棄物のような輩だ、もはや獣と紙一重。主には一部の重犯罪の受刑者に対する処罰として行われた儀式である。
訳もなく大勢の人間を殺した殺人鬼なんかに、生きるより惨い罰を与えるとして考案された懲罰だが、人間に効果的なことは特にない。
都合のいいのは、吸血鬼社会では自身より下位に知性さえない劣等種が具体的にいることで、吸血鬼的矜恃の独特な戒め、引き締めに繋がっているらしいというのぐらいか。
それはゴミ捨て場から下層の付近をうろちょろしており、普段はいないものとして扱われる。
……いや、役割はあった。
知性のない代わり、特殊な使役術で使役され、ゴミ捨て場での資源分別作業に手作業で携わっていたり。
不死の化け物として、その骸は自身の尊厳を見せしめにされながら、フラスコ都市社会のために奉仕する。
それとこの懲罰システム、建国当初から続いているのだが、大穴があった。
屍鬼は吸血衝動のみならず、ごくごく怒りや恨みなど被害妄想じみた負の残留思念を内包しており、懲役している彼らの仕事場の近くに人の住処――特にこのような孤児院なんかがあると、夜間、吸血鬼の血の影響力が著しく拡大するとき、時折本来の使役システムの制御を離れて人を襲うことがある。
吸血種族は、基本的にみな不老不死の化け物どもだ。それは屍鬼も血の巡らないわり、代謝さえ抑えられた結果として「肉体が腐らない」ところに象徴されている。
そんなやつと、生身や素手で渡り合うことを考えてはいけない、人間では致命的だ。
この国での生身の人間の戦闘力など、それが前提の標準になる。
それでもこちとら、襲われっぱなしとはいかない。
今回は個体だったので、表へ出ると、さっさと背後に回り込むや、角材で後頭部を何度も殴打した。
「くたばれ! ――ても、くたばってくれねぇよな!?
知ってた!」
めり込んでは、小規模な受傷から傷口の治癒をグロテスクに繰り返される。
こうなるのはわかっていたので、頚部に刻まれた受刑屍鬼番号のみ確かめて、孤児院の敷地の外へ強引に押し出す。押し返されて、牽制。……明け方まで、そんな格闘をくんずほぐれつ繰り返していた。
「マキビにー、お腹、なんか刺さって!?」
ユーリが夜明けを確認すると、院の建屋から自分のところへ駆け寄ってきた。
「っ、くそ……!
ユーリ、いいか。
マキアトーネさんに連絡して……夜のうち、暴走した
紙片と紙幣を束ねて押し付けて、その場で地面に仰向けに転がる。
屍鬼のやつ、どっから持っていたのか、金属片なんて握っていよったし、生前から格闘技術を持っていたらしく、初撃ののちにカウンターでやられた。
これでも結構注意して対応しているのだが、戦闘技術まで持ってる屍鬼というやつは、本当に厄介だ。
役所は報告を受ければ、個体番号の屍鬼の活動を停止して、今度こそは処分を行うはずだが、これはそもそも暴走しやすいシステムに問題があって、それで困るのは最下層の、まともな生活も営めない俺たちのような賎民ばかりなので、この手の類型の事件はいずれ再発する。
今回は傷の浅いが、マキビの死因には大きく二種類ある。そのうち片方が、屍鬼に由来するものだ。
やがて受刑者として吸血鬼の血を投与され、自我を失うやつがあった。
その時の立ち絵グラに、さっきの屍鬼の顔が一晩中重なって感じて、気持ち悪いったらしょうがない。
(そうなりたくないのなら――今までと同じが嫌なら、俺は)
――まずは自分の死因を振り返ってみよう、今更だが。
*
取り敢えず何者かになってみようと、足掻いてはみる。
今日は中層にある、寂れた雑居ビルの門戸を叩く。
幸い、マキアトーレから縫合を受けた傷はそんなに深くない。二日ほどで歩くのに支障もなさそうだったから、考えていた計画を実行に移す。
「あんた、どなたかな?
宅配なんてここ頼んでないけど」
出てきた同い年の金髪少年から怪訝に睨まれた。
ヤンデレヒーロー吸血鬼、ルスキニアくんだ。
才気あふれる不器用気質な彼を、人間である女主人公が恋に堕として導くのが、このエロゲ世界のオーソドックスなストーリーだ。
純愛ADVなので、正直一本道でもよかったのではと思われるし、実際分岐は本編の要素を補完する程度に、破局によるバッドエンディングが殆ど。
あとのノーマルエンドとトゥルーエンドは、女主人公がルスキニアと衆人環視のなか、見ている側が砂糖吐くほどのイチャラブエロバカップルぶりをぐだぐだ演じ続けるだけ。
エロゲだからってライターの性癖で定期的に青姦があるの、わかってるんだけど展開を知っていて当事者を前にすると、流石に気まずいったらありゃしない。どうでもええわ。
……ついで本編は主役バカップルどものイチャラブの代わり、吸血鬼がらみの騒動で一般人はガンガン死んでます。
トゥルーエンド迎えても、俺は殺される。
それでは困るんだよな、主に孤児院に対する未練で。
「あーっと……ご相談がありまして、ここの所長さんに」
「?」
ルスキニアは頭を軽く掻いてから、「待ってろ」と一度奥に引っ込み。
数十秒後、戻ってきた。
「入れってさ」
門前払いにはならないようだ。
所長は吸血鬼の女――ヤームルという名前が、アルファベッドで机の札に綴られている。
不遜に煙管を吹かしていることは、この際目を瞑る。
自分が警戒されるのはわかりきっていた。
「どうやってここを見つけたの?」
表向きは運送納品代行業・警備業。
その実は、傭兵を抱える秘密結社の根城である。
あらかじめ、『原稿』は考えてきた。
伝手があったことにする、ストーリーは多少念入りに。
「ここのことはマキアトーネさんから聞きました。
ルスキニアくんも普段、かかりつけているでしょう?
僕はマキビ、ただのマキビです。
下層から郊外の狭間に、孤児院ありますよね。
いつでもあそこにいますから」
「――」
煙管女が目利きのターンに入ったらしい。
ルスキニアと同様、怪訝な顔を作っているが、話は最後まで待ってくれる。
マキアトーネに確認を取られれば、一発で嘘だとわかってしまうが、孤児院の最善のためなら、今はなんだってやってやろう。
「侯爵は特殊な研究を学園でやらせている。
あなたがたはその内偵を国から依頼されてる――どうでしょ」
「なんのことかしら」
とぼけられるが、ルスキニアの進学の理由のひとつも、ここにある。
「……僕には幼馴染がいるんですがね。
その子が侯爵家で見たものについて、この前相談されたんです。
彼女のためにはなるべく穏当にことを運びたい」
「なにを見たと」
「ホバーリムジンです」
「?」
「それがずっと使われていない。
東方国家のものらしいんです、ただ。
エンジンの中は空だったそうなんですよ」
ヤームル所長が途端に険しい顔をする。
これも予想のできた反応だった。
マキビの死因のもうひとつの方。
東方国家、設定として名前だけは出てくる柊重工製の可変リムジン人形には、計三車体までに、現地で開発された忌まわしい霊長永久機関が搭載されている。
超人である吸血鬼の統治が、この国では場合によっては揺らぎかねない代物だ。
……だがこれを作った柊重工というのも、人道に悖るやり方でそれを作った。
具体的には3000人の浮浪者を生贄に、『黄白丹』と呼ばれる霊長永久機関は開発され、各リムジン可変
侯爵はこれを国外から取り寄せ、自身の管轄する学府を軸に解析しよう腹積もりだ。
そのためにマキビは研究の真似事なんかもやらされている。
ゲーム本編でのマキビの死因にも関わることなので、これを早いうち、白日のもとへ晒すなり、つつがなく処分したい。
本来、これを制御するためにまた錬丹術工業の産物として「特殊辰砂」なるものがあるそうなのだが、ゲーム内でその詳細が語られることはなかった。
ただ――『それがなかった』ことが、黄白丹との強制的な接続による、マキビの自滅に繋がる。マキビの登場するパートでは、どう足掻いてもそのストーリーラインから外れない。そして己の動機も自我も喪ったマキビは、黄白丹を搭載した人形と癒着した異形の化け物として、主人公らに介錯される。
……他人事のようで実感はないが、前世でシナリオコンプしてた俺が言うので、たぶんそうなんだろう、とにかくこれは避けられたい。
主人公陣営となる秘密結社側、特に所長は、女帝の密命を受けて動いている。
「そこにあるのがなんなのかを、俺は調べたいんです。
侯爵の意図を知りたい」
肝心の動機は偽らないこととした。
それが自身に降りかかる災難の直接的な回避に繋がる。
「幼馴染を守るために、侯爵が学園に持ち込んだってそれを、探りたいんですよ。
もちろん一介の学生には触れられないでしょうけど。
金と身分が欲しい、身分は一時の仮初で構わない。
内偵のために、俺をここで、雇ってくれませんか。
雑用でもなんでも、やりますから」
守りたい、ね――彼女の貞操に、俺の責任とか「関係ない」んだろうけど、こういう言い回しを使ってると、自分が上っ面なこと言っている気しかしない。
だがいまは、勢いが必要だ。
ダメもとだけど、『秘密結社にせびって、学園へ潜入する機会を得る』。
今回最大の目標だ。学費ってのは、簡単には用意できない。
用務員や敷地内に入ってできる、庭師などのポジションさえあれば、本編の経過を準拠して、秘密結社や主人公らの経過を観測できる。
ただ――ヤームル所長は、お人よしではない。
結社や帝国女帝の利益にならないと見たら、もしくは脅威となるなら、早いうちに芽を断つ。この話を持ち込んで帰りがけ、知らない暴漢に背中を刺されていたとか、この場で『始末』されるなんて、この世界観なら充分にあり得ることである。
原作でも一部の情報屋を、過去そのように彼女が始末してきたことを、ルスキニアや結社職員らが供述するパートはあった。
さぁ……どうでるかね、所長さんよ?
こちとら自分の命さえかかってて、持てるだけのカードは身元不詳なりに最大限で切っているぞ。ゲーム知識だけで足らないなら、今度こそ介錯を待つのみ。
――短い転生だった、そこに意味さえ見いだせないほどに。
「きみ、人間よね?
うちの構成員は殆ど吸血鬼よ、私も含めて」
「そうなんですか」
「血を受ける器にもなれないあなた如きが、我々の役に立てるとか、本気で考えてるわけ?」
暗にお前は身体的に無能で、どう足掻いても吸血鬼に敵うことはない、向いていないと言われている。
「無茶は承知です。
……俺にできる最大限のことをする、それだけです」
「馬鹿正直ね」
正直、とはやや違う。腹に一物抱えているわけだし。
ヤームルはやがて、嘆息した。
「わかったよ、マキアトーネにはうちも日頃、世話になっているし。
明日、そっちに使いを寄越しましょう。
昼間、ルスキニアをやるから。あなた、本当にただの孤児?」
「ええ」
他のセクションからの密偵や工作員だと疑われてもしょうがないが、実際前世のゲーム知識があるだけの、一般的な最下層民だ。
偽りようがなく、肩を竦める。
この場で殺されることはないようだが、まだ気を抜けない。
無事孤児院へ戻るまでが、今日のミッションだと考えろ。
この人たちはいま、俺の敵でも味方でもないのだから。
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