第5話 ゴミ捨て場
「彼のこと、どう思う?」
ヤームルから問われると、ルスキニアは難しい顔をして用意した資料をめくっている。
「動機は嘘じゃなさそうだ。だがなにか、隠しているのもそうだろう。
ざっと調べてみたが、『ただの孤児』であるのは本当のようだ。
物心ついた頃から、あの孤児院にいる。
その経歴は関係者や下町を当たっても、口裏を合わせる程度でできる偽装じゃないよ。
侯爵に行き着いた彼の幼馴染がいるというのも、含みがあったね。
あれは侯爵の愛人として拾われたらしい。ここに来る前、中層にある侯爵の離れ屋敷、商談に彼がよく立ち寄る、そこの敷地を覗いて来たんだが……少々妙だったよ」
「妙って?」
「クレオというらしい、あの子は侯爵の目がない時も、随分と健気だ。
安定している、侯爵を全面的に信頼しているように感じた。
近づきすぎると、侯爵側に俺たちが勘づかれかねないからやめておいたが。
――そんな少女が、侯爵の持ち物について、いちいち外の誰それへ、相談なんてするものかね。
碌なことにならないと、すぐわかりそうなものだよ」
「なるほど。
彼女から漏れた話ではなかったと考えてるんだ?」
彼は頷く。
「あぁ。
無論、マキアトーネはこっちで自分の名前が出たことは寝耳に水って顔だった。
察して口裏を合わせる程度には、彼のことは知っているらしい。
まぁ、あとは……俺たちが、マキアトーネの人を見る目をどう受け取るか、だな」
「ふむ」
懸念はあった。
あの少年は、おそらく可変リムジン人形の動力源のことを知っていて、私らに直談判な交渉を持ちかけた。
「なぜ彼が目を付けたの、私らだったのでしょうね。
マキアトーネにあなた、自分の仕事について」
「守秘義務から徹底されてるのに、漏らせるわけないだろう。
優秀とはいえ、一介の町医者だぞ」
「……よね」
その点、ヤームルはルスキニアをよくできた仕事人だと評価している。
ただ、少々堅物が過ぎる。
「きみはいい子を見つけなよ。
それでクレオって子のこと、彼は好きだったのかしら?
孤児院で同期だったっていうけど、侯爵に囲われて、一足先に大人になっちゃったって。
芋っぽい子だったし、あれも童貞くんだね」
「知らん」
「なに、怒ってる?」
「ほんとはそればっかり話したいんじゃないの。
おばさんは、さ」
若い男が初恋に右往左往しているさまを見るのが、この人の娯楽らしい。
吸血鬼は娯楽というものにストイックな生態をしているが、この人のはわりに軽微というか、健全なものかもしれない。
だが少年からすれば、このような年上おばさんのお節介は、端的に、うざいし口やかましいのである。
「誰が齢70の行き遅れですって???」
「言ってねぇけど!?」
そも年齢はルスキニアだって初耳だ。
外見年齢は、二十代の後半ぐらいの妙齢に見えなくないけど、やっぱ感性はおばさんだったらしい、中身に引きずられてる。……まぁこの仕事続けて、だいぶ経つとは聞いていたけど、彼の想像していたのとは、ベクトルが違った。
吸血鬼には、珍しい話じゃない。
*
「どこへ行こうとしているんだ?」
ルスキニアは、孤児院の横につけた彼の三輪スクーターに声をかける。
スコップやつるはしもあって、鉱山にでも行くのかと思った。
マキビはそのリアクションがおかしかったようで、吹き出している。
「鉱山、あぁ、まぁある意味間違ってないね!
ついてくるかい?」
男二人で向かった先は、家電のがらくた山だ。
「ゴミ捨て場じゃねぇか。
屍鬼とか大丈夫なの?」
「そうだよ。時々、まだ使えそうなパーツを貰ってる。
屍鬼は管理システムが機能して、昼は自我を抑制されるから、隣を
まぁ、こっちから触れたら、その限りでもないけど、関わらないから。
ここ、ものによってはごくまれに起動に差し障らない、車や人形の本体なんかがあるんだけど、運輸局に登記しないと盗品と扱い変わらなくなっちゃう。これがこのあとどうなるかは知ってるだろう?
金属の種類ごと、大まかに細分化されて、溶鉱炉や焼却炉に突っ込まれる。
そしてその炉熱と地熱は――下層の生活排熱に合わさって、この都市全体にいきわたっていく」
マキビは自身の直上を指さして言った。
「ま、人間に快適な温度を、満遍なくとはいかない。
特に下層では、熱源となるものを意図的に複数設置しているから。
孤児院の子に、ラグナっているんだけど。
あいつこの前倒れたんだ、熱中症で。
……言っていたよ、吸血鬼の身体でもあれば、熱だってへっちゃらなのに」
「――、かもな」
地底帝国の成り立ちは、地表を極度な旱魃と寒冷化に見舞われ、それに際して地底の居住環境を構築する必要に迫られた。
そのため真っ先に下層へと人間が押し込まれ、地熱と生活上の様々な熱を利用したフラスコ都市空間、そしてそれに付随する地底空間が形成されていったのだ。
地底空間は、資源採掘的な意味合いも当然あったが、超効率蒸気機関の発達のすえ、フラスコ都市内でのエネルギーや生活自給需要が満たされてしまえば、それ以上の開拓は徐々に停滞して今日に至る。
「この熱が人と吸血鬼を生かし、時々人を殺すんだ」
「それを吸血鬼の俺に説く意図は?」
マキビは首を横に振る。
「俺はあの子たちが、熱中症でいちいち苦しんでいるのからして、正直耐えがたい。
もっとこのフラスコ中の熱を有効、かつ安全に使う方法はあるし、研究はされてる。
このままでは困るんだ。
孤児院があんな僻地に追いやられて、吸血鬼はおろか、人間にも見向きもされない。
弱いから、社会に必要ないから、大人はあの子たちをそのままで仕方ないと思ってる。
自分のことなら諦めもつく。
……けどあの子たちは、まだ子どもで、未来があるはずなんだ。
あの子たちに、俺がなにを示せるかわからないけど。
楽させてやりたいんだ。
守られて――せめてあの子らが、誰かに愛されて、許される。
そんな優しい世界じゃ、すこしでもそうしたいと想っちゃ、おかしいかな?」
いったん言葉を切って、その場に静寂が訪れた。
「それがお前の原動力か」
ルスキニアに言われ、彼は頷く代わりに語るのだ。
「俺の幼馴染のこと、どうせ調べたんだろう。
侯爵の手篭めになってまで、孤児院に仕送りだって入れてる。
胆の据わってるんだ、それに比べて、男の俺ができることが、ちっぽけなのが、ますます居心地悪いけど――あとは、昨日言った通り。
俺はいま、あの子たちのためにできる最大のことをする。
君たちから色よい返事を得られなくても、それは変わらない」
モブの俺にできることなど、限られている。
吸血鬼が支配する国で、最下層にいる自分の身の程はわきまえているつもりだ。
だがクレオのことを考えて……じっとしていられるほど、俺は惨めなままでいられない。
*
院に戻った時、後部座席から封筒を差し出された。
「入学試験の案内書だ、よく読んでおくように。
合格できるなら、俺と同期になるかもな……今日から猛勉強だ。
お互い頑張ろう。
というか、文字ぐらいは読めるよな?」
「あぁ、問題ない」
アルファベッド書体に準拠した独特の言語体系だが、ある程度までなら日本語訳や解釈で乗り切れるし、マキビ自身、根っから研究者や開発者気質なところのあるため、ゲームで侯爵に利用される日々の中でも、研鑽を積むことに「やらされている」だけとはまた違う関心があった。そんな資質はこの人生でも、生きている。
ふつふつと身体が熱を憶えるのだ。
「まぁわからないとこあったら、今からでも俺が教えてやる」
「――」
「なにその微妙な顔」
それにしても、あっけにとられている。まさか進学しろとは。
ざっと資料に目を通すと、奨学生でなければ学費については、自分で賄わないといけないようだが。
「いや……ありがとう、ご期待に添えるよう、頑張るよ」
切っ掛けを手に、足らない時間を純粋に努力で補うことになりそうだ。
とにかく――子どもたちが怖い思い、辛い思いをしないために、行政と掛け合って、孤児院の立地や待遇を向上する。それが当面の目的。
そのために、俺が行政側に「なめられない」、下に見られないための技術と品性を養わなければならない。学歴という箔も、そのためにはどうしたって要りようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます