第3話 子どもの熱中症

 侯爵の道化として、使い捨てられることになるモブキャラ、それが俺。

 かろうじて作中、「マキビ」って名前をもらっているのはマシってことにしとく。

 ……もっとも名の初出は設定資料集だが。

 これがまったくの名無しだったら、新たな人生、こっからスタートさせよう気力も正直湧いてこなかった。


 既定の本編では、クレオと孤児院の存続を口実に、「悪い吸血鬼の大人」のお手本として立ちはだかる侯爵は、孤児院の存続云々など、ほんとうに匙加減ひとつでどうとでもできてしまう資金力がある。

 問題は、あの変態男を動かす原動力は、「無知な人間(特に顔がいいだけの少年など)、が壊れていくさまを眺めること」にある。そう、ひとたび彼が目をつけてしまえば、完全にマキビへ特化した悪意を仕向け、そのことを作中登場人物に咎められても、それについて罰せられることがない。作中の胸糞展開の多くは、こうした変態吸血鬼どものせいで起こるから、まったく始末に負えない。

 事件ならある程度は、本来の主人公主従CP《カップル》に任せて対応するでもいいかもだが、こと自分や身の回りのこととなると、そうもいかず、正直身の毛がよだつ。

 おそらくマキビにとって、大切なのは「孤児院の存続のため、資金繰りをはじめとしたあらゆる手を尽くす」ことと「とりわけ金策のために、変態侯爵と関わりあいにはならない」自制だ。大体、本編の進行からいって、孤児院が確実に本編後の時間軸で残っているとは限らないのが、彼を通じた金策の不安要素、罠だ。

 マキビは子供らやクレオのためなら、いつ死んでもいいとさえ想っているが、やはり金策が功を奏する確証もないまま、侯爵に道化にされるのは、不愉快窮まる。


 人は吸血鬼にならなければ、フラスコ社会カーストの上位へ踏み込めない。

 ――ならば、自分が吸血鬼になるという手はどうか?

 すくなくともクレオは、本編後に吸血鬼として大成する分岐があるのは先述の通り。

 だがこれにもまた、大きな問題があった。

 人が吸血鬼に至るのには、資質がいる。

 血への耐性や資質がないものは、血を分け与えられても死ぬし、吸血鬼側は、自身の血族にできる資質を持つものは、大抵にして見分けるだけの眼力を持っているのだ。

 そしてマキビは、作中どうあっても、侯爵や吸血鬼たちのお眼鏡にかなうことはない。

 ……そんな俺で、どうやって吸血鬼らとの肉体的または身分の差を補おう?


 本編では、侯爵の資金援助を受けるかわりに、自身の身分を偽装して学園へ潜入、仮初の学業を送ることになる。そして主人公CPのお目付け役と道化的ヴィランを兼任させられてしまう、までが共通ルートではワンセットだったりする。

 侯爵に関わらないということは、ゲーム本来の進行を放棄することと同義だ。

 けどまぁ――俺は主人公でも、攻略されるヤンデレヒーロー吸血鬼くんでもないし。

 そも主人公たちが選択肢分岐時、どういう動きをするか、ある程度の進捗は読めても、実際にどういう選択が為されるかは現状まったく因子からしてわからない。

 トゥルーエンドを目指すはいいけど、結局マキビはどのルートでも死んでいるから、生きて孤児院のその後を見届けるには、主人公たちの動向と自身の立場、そのふたつを同時進行で考えなければならないとくる。



 国立カルセドニウス学園、作中の主な舞台となる。

 吸血鬼と人が社交を学ぶための場所だ。

 ゲーム本編では、表向き黒幕な侯爵の歪んだ欲望を叶える実験場とも言える。

 けれど学府としての教育理念や姿勢は本物であり、できればこの学園には入っておきたい。

 ……それは自分が勉学に励みたいからというより、本編の進行をなるべく乱さずに、舞台でなにがあるか情報収集がしたいから。

 自分はとかく、それが子供たちの未来につながるなら、勉強自体は躊躇わないけど、問題は身分の箔付けにある。特待生目指して勉強か?

 作中の時系列に合わせるには、時期がぎりぎりだ。

 まっとうな試験に挑んでも、主人公らと同じ学級に入れそうにないから、学園経営にも直接に携わる、侯爵家のチート財力やバックアップが必要だった。


「あの男を見返してやろうつもりで、結局やってることは、あいつのおもちゃってのかよ。

 どこまで俺は無能だっての――」


 建物の影で放課後、生徒らが正門から出払うのを眺めていた。

 警備もいるが、今のところこちらに気づいていない。

 見つかったら、それはそれでことだ。

 無理を押して、学園のある中層へ来たのだから。

 来ることは拒まれずとも、一定時間居座れば、家無しと同じ扱いを受けるだろう。

 もっとも、今回はバイクを使ってるので、見つかっても、うろついていたことはある程度までなら言い訳できる、偶然区画に迷い込んだんだと。


「この時期なら、主人公たちはまだ入学してないか。

 ……けど俺には、学園を受験するために最低限の身元が足りない」


 孤児や浮浪者といった身元は、最悪の場合、フラスコ他セクションや他国から流入してきた工作員を疑われる難点がある。

 カルセドニウスはエリート養成機関であるため、入学時身辺調査もいっそう厳しい。

 おまけに本編に連なる事件へ前後して、他フラスコ都市の孤児院から進学した流れくんがまさしくそういうのであったばかりに、最近はより一層だ。

 侯爵の資金力や後ろ盾は、ある意味で身分に万能な振れ幅を与えてくれる。

 ただしあの男は着実な成果を雇用契約として求めるし、それが履行できなければペナルティ、できても、けしてマキビに快適な結果は与えない。


「侯爵の伝手に頼らない――身分の軽い人間でも、進学する方法」


 頭を絞らなければならない。一両日でどうにかならないのは確かだ。



 市役所でバイクの登記やらいろいろ確認していたが、役所を出たところで、子供のひとりが急いで俺のところへ走ってきた。


「マキビにーちゃん、助けて!」

「ユーリ、なにかあったのか?」

「ラグナが倒れた!」


 孤児院の年下の子供らである。

 ユーリは急を告げ知らすため、俺のいると見当のついたところへ、慌てて走ってきたのだろう。

 バイクの後部座席を展開して、誘った。


「落ち着いて、息を整えろよ――それで、医者には?」

「ごめん……またお金かかるよね」

「気にしなくていい。さぁ、とにかくすぐ戻る」



 孤児院のほうで時々かかりつけている医者は、マキビが戻ると診断を告げた。


「熱中症ですね。

 状態も安定して、いまは休ませてます」

「そう、ですか」


 診察料を払おうとしたら――そのことには常々うるさいぐらいの青年が、「もうもらったから」と言う。

 とにかく、無事とわかったら謝礼も言ったうえで、お引き取りいただくのだ。


「お忙しいところ、ありがとうございます」

「やはり厳しいのかい?」

「なにが」

「院の経営。

 ほら、今日はクレオちゃんもさっきついててくれたけど、別嬪さんになって――いや、すまない」


 医師にも、彼女の身なりが急によくなったところから、良家に拾われたか春を売ったかあたりの見当がついていただろうし、たぶん、マキビの浮かない表情ですべてを察せたのだろう。


「きみには俺が、汚い金を受け取ったと思うか?」


 そんなことを聞かれる。


「それは、クレオが院のために出した金です。

 人にはどう言われるか知りませんけど、あのひとが院のために必死でやってることを、俺は否定できません。

 引き止められなかったから、こんなことになってるんだ」

「……そうか。

 なにかあったら、私の方でも相談に乗るよ。

 診察に限らず、いつでも頼ってくれたまえ。

 日頃から持ちつ持たれつ、なんだからな」

「はい」


 自分は男に抱かれてでも金を作ってくるクレオより、まだまだ頼りない。こういうことが起きるたび、俺は身に染みて思い知らされるんだろう。

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