異世界中のおとうさん

ネオ・ブリザード

 異世界中のおとうさん

 これは、幾多ある異世界の中のひとつの物語……。

 異世界にはよくある、人間と魔族の戦いは何時終わるのとも知れない、そんな世界……。


 この物語は、ある三人組パーティーが危なげなく戦闘を終わらせる所から始まる……。


 振り下ろされる大剣に脳天から我が身をまっぷたつに引き裂かれるトロール。大声を上げる間もなく、背中から倒れ緩やかに地を響かせる。



「ふぅ……」



 両手持ちしていた大剣を右手に持ち替え、余った左手で額を拭う魔法剣士。今しがた、トロールに大剣を振り下ろしたのはこの魔法剣士に他ならない。



 そこへ背丈が低く、少し幼い感じの女性の魔法使いと、見た目、かなり背が高く大人っぽい、女性の騎士が駆け寄ってくる。



「すゴーい!! さすが私のおとうさん!!」

「やったな!! やっぱりおとうさんはすごいよ!!」


「……え? ああ、うん……」


 ふたりは寸分違わず、『おとうさん』と声をかける魔法剣士に抱きつく。



「ちょっとー! あなた、何私のおとうさんに抱きついてるのよー!? 早く離れなさいよー!?」

「お前こそ、われのおとうさんから離れたらどうなんだ? おとうさんは貴様みたいなお子さま、お呼びじゃないそうだ」



 ふたりは魔法剣士に特別な感情を抱いているようで、お互いがお互いを牽制し、魔法剣士から相手を離れさせようとする。



「残念でしたー! おとうさんは私の小さい体の方が好みなんですー!! あんたこそ早く離れて下さいー!!」

「やれやれ……現実を知らないとは、可哀想に……。今は我みたいな背高な女性の方が好まれるのだ。故におとうさんも我の方が好みに決まっている」



 大声で騎士に噛みつく魔法使いと、それを大人な物腰であしらう騎士。そのやり取りをふたりの間で聞いていた魔法剣士は、穏やかな口調で、ふたりをなだめる。



「……ふ、ふたりとも、落ち着いて。取り敢えず、今日の仕事は終わったから、街に戻って報酬を受け取りに行こう? 今回は、結構お金がもらえるはずだよ?」


「さっすが、私のおとうさん! こーんなただつっ立って何もしない木偶の坊を許して、報酬を私と山分けにするなんて!」

「うむ、やはり我のおとうさんは言うことが違う。敵に会うなりびびって文字通り縮こまっていた小娘を許す代わりに、報酬を我と二人じめにするなど、中々できる事ではない」


「……いや、そうじゃなくて……」



 未だに魔法剣士を取り合い、いがみ合う魔法使いと騎士に、魔法剣士はわたわたするばかり。



「はーなーれーなーさーいー!!」

「お前こそ、離れるべきだ!」


「はぁ……」



 魔法使いと騎士は、魔法剣士の腕を引っ張り合いながら、街へ戻って行った。




 ……数日後。




 魔法剣士は、街中のある施設へ訪れていた。




 その施設の中で魔法剣士は、従業員と机を挟み向かい合って座っていた。



「……して、ご用件は……?」



 従業員が重々しく、口を開く。

 それに対し、魔法剣士は俯きながら答える。



「実は……、折り入ってご相談が御座いまして……」


「……して、そのご相談とは……?」


「……実は」



 従業員の言葉に魔法剣士は顔上げ、苦しい胸のうちを吐き出す。



「実は、今の自分の名前を変えたいんです!!」



 それを聞いた従業員は椅子に深々と腰かけると、ため息をつき、魔法剣士にこう返した。



「はぁ……、またですか。結構多いんですよねぇ……、この手の案件。……あなた、今の実生活で何かお困りの事でも?」



 従業員の面倒臭そうな態度に魔法剣士は激昂し、両手で机をバンと叩くと勢い良く立ち上がり、声を荒らげる。



「おおありですよ!? こんなに困っているから相談に来たのに、どうして話を聞いてくれないんですか!? あなた、その紙ちゃんと見ました!?」



 従業員は、話を聞く前に書かせたアンケート用紙に目を通す。



「えーっと、なになに……? 名前『おとうさん』……ぶっ!!!!」



 予想外の名前に、従業員は机に突っ伏して笑い転げてしまう。



「笑い事じゃないですよ!? この名前のせいで、道行く人に『おとうさん、おとうさん』って言われるんですよ!? この苦労、あなたには解りますか!?」


「世界のおとうさんという訳ですね!? ぶはははは!!」



 魔法剣士が断腸の思いで伝えたの胸の内を、笑い飛ばす従業員。

 その従業員の態度に、魔法剣士は顔を真っ赤にさせ、声を荒らげるばかり。



「笑い事じゃないですよ! だって……だって……!!」



 魔法剣士は身体をわなわなと震わせると、今にも泣きそうな声でこう言った。



「だって私、女なんですよ!?」


「あ、本当だ。性別の項、女の方に丸してある。うははははーー!!!!」


「何で笑うんですかーー!?」



 アンケート用紙を見ながら笑い転げる従業員に対し、泣きじゃくりながら訴えるおとうさん。

 従業員は笑い過ぎたのか、涙目になりながらも両腕に力を入れ、身体を起こすと、ようやく本来の仕事をしようとする。



「ひい、ひい、た、確かに……女性で名前が『おとうさん』だと、色々困りますよね? 『おかあさん』だったら良かったのに」


「良いわけ無いでしょう!? あなた本当に仕事をする気があるんですか!?」



 従業員が何となく言った冗談を真に受けとり、再び声を荒らげるおとうさん。



「……ああ、申し訳ありません。ちょっと、冗談が過ぎました」


「『冗談が過ぎました』じゃないですよ!! だって……だって……、私……私……!!」



 おとうさんは机に突っ伏し、身体をぷるぷると震わせたかと思うと、次の瞬間、衝撃の事実を口にした。



「だって私、まだ八歳なんですよーー!?」


「うはははははははーーーーーー!!!!」


「だから、どうして笑うんですかーー!?」




 施設内にはしばらくの間、従業員の笑い声と、おとうさんの泣きじゃくる声が木霊した。



           ーおしまいー

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