第8話 『彼には見えないもの』
電車に乗ると、彩はすぐに眠ったふりをした。
今はまだ乗客がまばらだが、都会に近づくにつれ人の数は増えていく。
そうなれば彼らは嫌でも好奇の目にさらされるだろう。
彼らの街の外では、アンドロイドが人間のように表を出歩くことは珍しいことだからだ。
透は彩の隣に座り、アキトは透の隣に座る。
ハクアは三人から少し離れたところに立った。
アキトは車窓を流れる景色を眺めながら透に言った。
「そういえばこの前、部長に透や彩とどんなふうに出会ったのか聞かれたんだ」
「ふうん。なんて答えたんだ」
「わからないって言ったよ。忘れたんだ。もうずいぶん前の話だから」
「……マジか。あれを忘れるって、なかなかねえぞ」
「そんなにドラマチックだったっけ」
「悪い意味でな。普通の小学生ならトラウマ級だろうよ」
「じゃ、忘れたままでいいか。特に不便はないし」
「いやそれも困るんだよ。詳しくは言えねえけど」
「どういうこと?」
透は考え込むように腕を組み、隣で眠った振りをしている彩を横目で見る。
「……俺が小四の時、お前らが小三の時だったな。昼休みに校庭の隅にある飼育小屋で、俺が飼育当番の仕事をしていた時だった。その頃は俺にべったりだった彩も一緒にそこにいた。それで、その時に上級生の不良グループがやってきて、俺を羽交い絞めにして、服を無理やり脱がして丸裸にしやがったんだ」
ああ、とアキトは思い出した。
当時から透の性の不一致は校内で知られており、透とその妹である彩は学年を問わずからかいの対象になっていた。透の負けず嫌いな性格もあってトラブルは絶えず、陰湿な嫌がらせや暴力沙汰は何度となく繰り返され、ついにはこうした事件へ発展したのだ。
当時、彩と同じクラスだったアキトは、何かの用事で彼女を呼んでくるよう担任の先生に頼まれて飼育小屋へ向かい、事件の現場を目撃したのだ。
「あの時は驚いたぜ。お前まで急に服を脱いで素っ裸になったんだからさ」
「仕方ないよ。ケンカでかなう相手じゃないし、相手の意表を突くしかないって思ったんだ。結果的には大成功だったね。みんな驚いて逃げてったんだから。あ、そうか。つまり僕たちが友達になれたのって、裸と裸のつきあいがあったからなんだ」
「んなわけねえだろ、アホか。まあ、とにもかくにもそれが俺たちのファーストコンタクトだったのさ。いいか、あいつには絶対に言うなよ」
「そうするよ」
電車が都会に近づくにつれ、乗客の数は増えていった。
ハクアに好奇の目を向ける者も少なからずいた。
しかしアキトはまるで気にせず、車窓を流れる景色をぼんやりと眺めていた。
ハクアは図書館で借りてきた本を読んでいた。
読書をするアンドロイドというのも珍しいが、何もせずに目の前の乗客たちの姿を見つめているよりは自然だといえるだろう。
透は狸寝入りを決め込んでいた。
彩は本当に眠ってしまったらしく、透の肩に体をあずけるようにもたれかかっていた。
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