第5話 『言葉の正しいかたち』
帰宅したアキトは、彩とのやりとりをハクアに話した。
「まったくもう、非は完全にキトにあるわね」
ハクアは呆れたように首を振った。
「僕はただ、みんなで一緒に出かけたいだけなんだ。なのにどうしてこうなったんだろう」
「彩ちゃんにとって重要なのはそこじゃないわ」
「じゃあ、どこ?」
「それは言えないわね。正解かどうかはわからないし、もし正解だとしても彩ちゃんのためにも言っちゃだめなことだろうから」
「言ってくれなきゃわかんないよ」
「あなたが本当に彩ちゃんのことをわかってあげたいのなら、答えはあなたが見つけなさい。とりあえず、彩ちゃんとの約束を守ることね。都会へはあなた達三人で行くこと。私はキトと彩ちゃんの仲を壊してまで行きたいとは思わないから」
「ハクアがそう言うなら、そうするよ」
「あなたがまず考えなくちゃいけないことは、私じゃなくて彩ちゃんや透君のことよ。それは忘れないで」
わかった、とアキトは答えた。
翌日。登校したアキトはどんなふうに彩と話をしようか考えながら教室に入った。
しかし、教室に彼女の姿はなかった。彼女の席には荷物も見当たらない。
「ね、ひょっとして彩に何か用なの?」
声をかけられ、アキトはそちらへ振り向く。
そこにいたのはクラスメイトの女子だった。小学校高学年程度にしか見えない背丈と体型、やわらかな輪郭の童顔にふわりとしたショートヘアというそれなりに印象に残りそうな容姿である。
実際、アキトは彼女に見覚えがあった。クラスメイトなのだから当然なのだが。
「彩は今、部活の朝練中だよ」
「そうなんだ。ありがとう。ええと……」
「あれ? ひょっとして私の名前知らない? クラスメイトなのに?」
「そう、みたいだね。ごめん」
すると彼女はわざとらしくがっくりとうなだれた。
「茂部。茂部栄子だよ」
「わかった。もう忘れないよ、茂部さん」
「って、んなわけないでしょが! 茂部だよ、モブ! 通行人のモブ! そして栄子、A子だよエーコ! なにモブA子って。冗談に決まってんじゃん。あ、もしかしてノリツッコミとか狙ってた?」
「んー、ああ、はいはい。なんでやねーん」
「なんでやねんって、なんでやねん!」
茂部(仮)はビシッと切れのいいツッコミをアキトの胸元にくらわせ、楽し気に笑った。
「あははは! ヘンな人だね君は。彩が言ってた通りだ。私は新藤。新藤明理。今度はほんとにほんとの名前だよ。ね、覚えてる? この間グラウンドでさ、彩がどこにいるかって私に聞いたでしょ」
「ああ。そっか、あの時の。あの時はありがとう、新藤さん」
「いえいえどういたしまして。ていうか、私のことは明理って呼んでくれていいよ。みんなそう呼んでるし。私も君のことはアキト君って呼びたいしさ」
「わかった。ところで明理。彩について聞きたいことが……、どうしたの?」
「いやぁ、その、なんといいますか……。アキト君って意外と、いや、いいんだよ。ちょっと小恥ずかしいっていうか、まあ、ね」
何かをごまかすように明理は小さく咳払いをする。
「まあそれはそれとして、彩のことだよね。ここ最近なんだけど、どうも様子がヘンなんだ。特に昨日は、なんかこう鬼気迫るって感じで走り込んでてさ。少しは休みなよって言ったんだけど全然聞かなくて、最後はばったりぶっ倒れちゃったんだよね」
「そうだったんだ」
「でね、私は思うんだ。彩がこっちに来る前にアキト君と同じ文化部に行ってたでしょ。で、そこで何かあったんじゃないかってね」
その通りなのでアキトはうなずいた。
「そっかそっか。やっぱりね。あのさアキト君。私は彩のことがすっごく好きなの。付き合いは高校からだけど、それでも彩のことはそれなりに知ってるつもりだし、理解もしてるつもりなんだ。いろんなこと全部ひっくるめて好きなんだよ」
「僕もだよ」
「だったらさ、アキト君」
「何してるの明理」
明理の背後から彩の鋭い声が聞こえてきた。
「わわっ! 彩? いつの間に帰ってきたの?」
「もうすぐホームルームの時間でしょ。それより、アキと何を話してるの」
「えぇ……、ええと、それはですね……」
明理が言葉を詰まらせている間に始業のチャイムが鳴った。
これ幸いと明理は自分の席へ戻っていく。そんな彼女を見送りながらアキトは言った。
「にぎやかな人だね、明理は」
「良くも悪くもね。ていうかアキ、呼び捨てにするのはもっと親しくなってからでしょ」
「そういうものかな。明理がそう呼んでほしいって言ってたから」
なるほどね、と彩はうなずいた。
担任の黒川先生が教室に入ってくる。アキトが自分の席へ戻ろうとした時、彩が言った。
「今日の陸上部の練習は、午後三時までだから」
アキトはその言葉を、午後三時から総合文芸部の部室に来ると受け取った。
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