第4話 『セミの歌が消えた午後』
翌日の放課後。
アキトは部室で昼食をとりながら部長と他愛もない雑談をしていた。
彩は陸上部の練習が終わった後に来る予定なので、週末のことはその時に話そうとアキトは考えていた。
昼食の後、アキトは部長に週末のことを話した。
「それは楽しそうだね。僕も一度は行ってみたいな」
「だったら部長も一緒に行きます? 人数は多い方が楽しいですし」
「せっかくだけど遠慮するよ。僕がついてくるのを嫌がる人がいるでしょ」
「ほんと部長は透と仲が悪いですね。一度ちゃんと話しあってみてくださいよ。透はいいやつだから、きっとわかりあえますって」
「互いにその気があればね。ところで前から気になっていたんだけど、君たちはどんなふうに出会ったの? やっぱり、彩君がきっかけになったのかな」
「そうですねえ……。だいぶ昔のことなんではっきりとは覚えてませんけど、最初に友達になったのは、たしか透のほうでしたよ。その後で、自分の妹だって彩を紹介してましたから」
「そうなんだ。それで、彼女とは何がきっかけで出会ったの?」
「忘れちゃいました。今度聞いておきますよ。ところで部長」
アキトは部長の目をまっすぐに見る。
「透は彩の兄で、彼女ではなく彼なんです」
なるほど、と部長はうなずいた。
「ところでアキト君。さっき聞いた話だと、週末のお出かけには君の家のアンドロイドも一緒に行くって言ってたけど、それは大丈夫?」
「何かまずいですかね」
「この街じゃそうでもないけど、他の地域ではアンドロイドが人間と一緒に外を出歩くのはけっこう珍しいことだからね。それに都会には反アンドロイドの活動家もいるらしいし。そういう人たちに目をつけられたら面倒なことになるかもしれない」
「そういうことですか。全然考えてませんでした」
「あともう一つ。アキト君は人間と同じようにアンドロイドと接しているようだけど、それってかなり普通ではないことなんだ。犬の散歩をしている人が、人間と会話するのと同じように犬に話しかけてるようなものだから」
「そんなにおかしなことですか。僕はただ、好きな人と一緒にいるだけなのに」
アキトがそう言った時、部室のドアが勢いよく開き、息を切らしながら彩が現れた。
「どうしたの、彩。そんなに慌てて」
彩は苦し気に呼吸を整えながら、にらむようにアキトへ目を向ける。
「今度の土曜日、あのアンドロイドも連れていくって、本当?」
「うん。そうだよ」
アキトは素直に答える。
なぜそのことを彩が知っているのかは、重要ではない。
おそらく透がそれとなく話題を振り、不審に思った彩が問い詰めて聞き出したのだろう。
「どうして……、どうして、そんなことをするの」
「ハクアは前から都会に行きたがってたから。ちょうどいい機会かなって思って」
「そうじゃない! どうして私たちと一緒の時にアンドロイドを連れてくるのかって聞いてるの! アンドロイドとなら好きな時に行けるじゃない。なのに、どうして!」
「だからだよ。彩と透と一緒の時にハクアも連れていきたいんだ。僕にとっては三人とも大切な人だから」
彩は叫ぶように口を開くが、声は出なかった。
彼女の心は様々なものでせめぎあい、言葉は声にならなかった。
それでも、叫びたかった。
人間とアンドロイドを一緒にしないで。
私とアンドロイドを、一緒にしないで。
叫んだところで、アキトは何も変わらない。
彩にはそれがよくわかっていた。今まで何度も繰り返してきたことだから。
だから彼女は、声を出せず、沈黙のなかで心の震えをおさえることしかできなかった。
しかし、心の震えはおさまらない。
「彩? どうして――」
「アキト君」
部長はとっさにアキトの言葉を遮った。
「彩君と二人で話がしたいんだ。だから今日は、もう、帰ってくれるかな」
「……わかりました。僕はこれで」
アキトは部室を出る。
ドアを閉めたあと、その場に立って中の様子をうかがうように耳を澄ませる。
しかし何も感じとれない。
やがて彼はあきらめるようにため息をつき、歩き出した。
セミの鳴き声が心細く染み渡る廊下を歩きながら、アキトは考える。
どうして彩は泣いていたんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます