第3話 『やさしく見守る星のように』

 帰宅したアキトはハクアに言われるがままに成績表を見せ、およそ一時間にわたり時に優しく時に厳しくお叱りの言葉を頂いた。


「いい、キト。高校生の今だからこそ、将来の選択肢を広げるために力を伸ばさなくちゃいけないの。後悔してからじゃ遅いんだから」


 アンドロイドが人間の将来について語るのは、いささか奇妙なことではある。

 しかしアキトは、ハクアの言葉を素直に聞いていた。

 彼女が自分のことを心配していることを、彼はよく理解していたからだ。


「わかった。これからは気をつけるよ」


「本当に?」


 ハクアはアキトの目をじっとのぞき込む。

 うそ発見器の機能があるというわけではないが、アキトは観念したようにため息をつき、素直に話すことにした。


「うまく想像できないんだ。自分の将来のことが。だから一生懸命になろうって気が起こらないんだよ」


「なるほど。なんだかんだでキトも思春期のお年頃なのね」


「それに僕もいつかは死んじゃうでしょ。そしたら生きている間に得たものも全部なくしちゃうじゃない。だったらさ、意味なんて無いと思うんだ」


「意味なら、あるわ」


 ハクアはそっとアキトの頬に触れる。


「あなたが死んでも、この世界にあなたのことを覚えている人がいれば、あなたが生きてきた意味が全て失われることはない」


 アキトは不思議そうに目を瞬かせる。

 それはまるで、理解できない数学の問題に直面した時のような反応だった。

 実際のところ、アキトにはハクアの言葉の意味がわからなかった。

 そんな彼を責めることなく、ハクアはアキトの頭を優しくなでる。


「だから、がんばって生きなければいけない。あなたを想う人が、あなたを失った時、その人の心のなかで、あなたが正しく生きていられるように」


「そういうものかな」


「そういうものよ。じゃあこれで反省会はおしまいにしましょう。今回の失点は、夏休み明けの課題考査で取り返すこと。いい?」


「前に部長から聞いたんだけど、課題考査ってあんまり成績には関係」


「いい結果を出しましょうね、キト」


 優しい声とやわらかな微笑みをもって、ハクアはアキトの言葉を握りつぶした。

 がんばります、とアキトはこたえるしかなかった。


「そうだ。今度の日曜日のことだけどさ、透に話したらハクアも一緒でいいって言ってたよ」


「それはうれしいけど、彩ちゃんには話したの?」


「明日学校で話す。だいじょうぶだよ、きっと彩も賛成してくれるから」


「……ねえ、キト。都会へ行こうって最初に提案したのは彩ちゃんでしょ。私がそこに入り込むのは、やっぱり悪いんじゃないかしら」


「そんなことないよ。まあ、もし反対されたらその時は二人とは別行動で」


「だめよ」


 ハクアは語気を強めて言った。


「先にキトと約束したのは彩ちゃんなんだから、約束はちゃんと守りなさい」


「え、えっと……、わかった。ごめん」


「あやまらないで。それに私とだったら、いつでも二人で行けるじゃない」


「それもそうだね」


 アキトは笑い、ハクアはため息をつく。


「まったくもう……。彩ちゃんも大変ね」


「どうして彩が大変なの?」


「あなたがそういう調子だからよ」


 ハクアの言葉が理解できず、アキトは首を傾げた。



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