第二章 「にせもの」

第1話 『空白のパスワード』

 高校の入学式を一週間後にひかえた、ある日の夜。

 アキトは父親に、アンだったアンドロイドを譲ってほしいと頼んだ。


「どうしたんだ? 今更お前にアンドロイドなんか必要ないだろう」


 父親の問いに、アキトは「わからない」と答えた。


「うん? ああ、あっはっは! そうかそうか。お前は本当に面白い奴だなあ」


 父親は笑う。

 あっはっは。あっはっは。


「わかった。いいだろう。用意してやる。ただし条件があるぞ。まず、アンドロイドの顔はお前が新しく作り替えること。AIには『公社』が提供している『キャラクター』をインストールすること。もちろん、お前と相性が最適だと『公社』が判断したものをだ。そしてアンドロイドとのコミュニケーションに関するデータを毎日『公社』に提出すること。最後に、アンドロイドの初期化は必ずお前が自分の手で行うこと。以上のことが、お前にできるかな」


 アキトはすべての条件を了承した。

 父親の職場が『公社』であることは知っていたので、そういった条件がつくことは彼にも予想できていた。


 その翌日。アキトはアンだったアンドロイドを譲り受けた。

 アキトはまずアンドロイドの顔を作り直した。

 パソコンに自分の脳波をスキャンさせ、最も理想的な顔のデータを作成した。次にアンの顔を作っていた特殊シリコンをすべて外し取り、自宅にある3Dプリンターに頭部をセットして作成したデータをもとに新しい顔を作った。

 顔をつくったあと、AIにインストールする『キャラクター』を入手するため『公社』のホームページにアクセスした。


 『公社』とは、人間と同じレベルの思考や感情をもつAIの開発を目的とする政府の研究機関の通称である。『公社』は研究のために人間から記憶や性格など人格に関するデータ、いわゆる『キャラクター』を大量に収集しているのだ。

 一方で、それらのデータを照合して出会いの場を設けたり、就職支援を行うなどの社会的な活動もしている。そのため『公社』の存在は一般的にもよく知られていた。


 アキトは『公社』へのユーザー登録を済ませ、脳波をスキャンして自分の『キャラクター』を作成し『公社』に提出した。そして自分と最も相性のいい『キャラクター』を導き出し、アンドロイドのAIにインストールした。

 なお、『キャラクター』の提供者が誰なのかは調べられないことになっている。


 もっとも、アキトにとってはどうでもいいことなのだが。

 初期化のためのパスワードは決めなかった。

 それは二人で話し合って決めようと考えていたからだ。


 こうして、アキトはハクアと出会った。


「私のことはハクアと呼んでほしいの」


「わかった。ハクア」


「あなたのことはキトと呼んでいいかしら」


「べつにいいけど、なんか独特だね。友達はアキって呼ぶけど」


「だからよ。私だけのあなたの呼び名がほしいの」


 なるほど、とアキトはうなずく。


「これからよろしくね。ハクア」


「こちらこそ。キト」


 二人は握手を交わす。

 ハクアはアキトの手を握ったまま、まっすぐに彼の目を見た。


「キト。私とあなたの間で約束してほしいことが二つあるの。一つは、この手を離した後、私をアンドロイドではなく人としてみなし、人として接してほしいの」


 アキトはハクアの手を握ったまま、しっかりとうなずいた。


「もう一つ。初期化のパスワードは、今ここで私に決めさせてほしい」


「それは……」


「特に問題はないでしょう。この手を離した後も、私がアンドロイドであることにかわりはない。あなたがパスワードを開示するよう『命令』すれば済むことよ」


「でもそれだと、最初の約束を破ることになるよ」


「優しいのね。あなたは」


 ハクアは微笑む。

 彼女の言葉の意図が、アキトにはすぐに理解できた。


「大丈夫。とても短くて簡単な言葉よ。でもそれは、私が一番大切にしたい言葉なの」


 アキトはうなずいた。

 そして二人は手を離した。



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