第7話 『昔ながらの鍵』
日がだいぶ落ち始めた頃、バスはアキトの自宅近くにあるバス停に到着した。
「それじゃ透、また明日。彩にもよろしくね」
おう、と透は答える。彩はまだ眠っていた。
去っていくバスを見送ったあと、アキトは家路をたどる。
歩きながら今日の夕食は何にしようかと考える。考えているうちに自宅に到着した。
住宅地から少し離れた丘の上にある、それなりに裕福な家庭が好んで建てそうな幾何学的な趣のある広々とした家が彼の自宅である。
もっとも、現在この家に住んでいる人間はアキトだけなので、家の広さやこれまた広い庭はかえって不気味さを感じさせる。
もちろん、アキトはそんなこと気にもしないが。
アキトは鞄から鍵を出して玄関のドアを開ける。
ほとんどの家庭では指紋や声紋を活用した生体認証を鍵としているのだが、この家の玄関のドアは昔ながらの金属の鍵を使っていた。
玄関のドアの鍵は、金属の鍵でなければならない。
それがこの家の所有者であるアキトの父親の信条だった。
もっとも、それ以外のシステムは一般的なものと同じで、アキトが家に入ると自然に証明がつき、かすかな空調の音が聞こえ、心地よい人工的な風が送られてきた。
アキトは洗面所で手洗いうがいをすませ、リビングに入る。
リビングのソファには、一人の女性が座っていた。
年齢は二十歳程度といったところだろうか。
ソファに腰を下ろしたまま、眠っているかのように目を閉じている。
それでも、その顔が美しく整っていることは一目でわかった。
銀色に近い白髪はゆるやかに胸元にかかり、明るい水色のワンピースと神秘的な調和を感じさせた。
アキトは彼女のそばへ行き、髪をすくって、耳元に顔を近づける。
「ただいま。ハクア」
その言葉を鍵として、ハクアの首元と両手の甲に『コード』が発光した。
光はすぐに消え、ハクアは静かに目を開く。
そして、深い緑色の瞳をアキトに向け、微笑みを浮かべた。
「おかえりなさい。キト」
その声も、微笑みも、アキトにとっては何一つ人間と変わらなかった。
ハクアは窓の外を見る。すっかり日は暮れていて、夕闇がその密度を増していた。
「今日はずいぶんと遅かったのね。なにかあったの?」
「透の補習を見に行ってたんだ。そうそう、彩なんだけどさ、すごいんだよ。球技大会で優勝したし、作文が賞をとって、それで」
続く言葉を打ち消すように、アキトの腹が空腹を訴える。
ハクアはおかしそうに笑うと、ソファから立ち上がった。
「お話の続きは、食事の時にしましょうか」
「だね。僕は夕食の支度をするから、ハクアはお風呂の用意をお願い」
「わかったわ。そうだ、今日は久しぶりに一緒に入りましょうか。キトもお疲れみたいだし、体洗ってあげるわよ」
「バカなこと言わないでよ。小さい子どもじゃあるまいし。だいたい、一緒にお風呂入ったことなんか、今まで一度もないじゃないか」
「お年頃ね」
ハクアはからかうように言うと、風呂場へ向かった。
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