第5話 『共に在るために』
バスは閑静な住宅地を抜け、広々とした田園風景を走り、なだらかな山林地帯へ入った。
山道をしばらく上り、新しい街並みが広がっている住宅地に出る。
ここは、もとある自然の景観を活かしながら開発された市街地で、その中央にはいくつもの施設や公園を備えた運動公園が建設されていた。
学校を出てから三十分ほどたったころに、運動公園の陸上競技場が見えた。
バスが進むにつれ、野球場やテニスコート、少し前に完成した体育館や、それと連結しているドーム型の屋内プール場が見えてくる。
バスは広々とした駐車場のそばにあるバス停で止まった。
バス停のベンチには、一人の少女が座っていた。
無地の白いシャツにスポーツメーカーのロゴが入ったハーフパンツという格好で、丁寧に手入れされたスニーカーを素足履きしている。
彼女はアキトと彩がバスから降りてくると、朗らかな笑みを浮かべて二人のそばへ歩いた。
「よう、お疲れさん。わざわざ来てくれてありがとな……、ん? なんで彩はちょいとむくれてんだ? は! まさかお前ら、ここへ来るまでに青春の過ち的な何かを……」
芝居がかった口調と仕草で少女は言う。
彩はうっとうしそうにため息をつき、彼女を無視して屋内プール場へ向かった。
「え? もしかして、マジでお前らなんかあったの?」
「透が思ってるようなことじゃないよ。僕にもよくわからないんだ。例の作文の話をしたら、急に気を悪くしたみたいでさ」
「なるほどなぁ。やっぱ俺が思った通り、青春の過ち的なやつだ」
「アンドロイドが話題になると、いつもこうなるよね」
「そういうことでもねえんだけどなぁ」
透はあきれたように首を振り、アキトは首をかしげた。
日が傾き始め、セミの声は小さくなっていたが、暑さはまだまだ続いていた。
それでも公園内にはそれなりに人の姿があった。
公園内の各施設を結ぶように設けられているウォーキングコースには談笑しながら散歩をしている老人たちの姿が目立ち、陸上競技場のそばにある巨大なトリムには子どもたちが群がっている。
そんな光景を眺めながら、アキトは言う。
「平和だねえ」
「ああ。まったくだ」
二人は彩を追うように屋内プール場へ向かって歩く。
「だいぶ暑くなってきたのに、けっこう人が多いんだね」
「この時間帯はな。昼間はけっこうまばらだけど」
ただ、と透は周囲をうかがう。
「人間だけじゃなくて、アンドロイドも増えてるんだよな」
公園内には一般の利用者以外に市の職員の姿もまばらに見える。
職員のほとんどは介護福祉課や生活安全課の職員で、首元にIDカードを下げていた。一見すれば、ごく普通の人間に見える。
しかしこの街ではそうとは限らない。
人間とアンドロイドの共生を謳うこの街には、次のような条例が定められているからだ。
公共の施設内に限り、アンドロイドはコード表示の義務を免除される。
実際に役所や図書館などの施設では、アンドロイドが人間の職員と同じように働いている。
つまり、この公園内にいる職員全員がアンドロイドであっても不思議ではないのだ。
もちろん、公共の施設である学校にも、アンドロイドは存在できる。
「正直なところ、俺は気味が悪いんだ。アンドロイドが俺たち人間の生活圏を知らず知らずのうちに侵食しているみたいでさ」
「でもそれでアンドロイドを気味悪がるのはかわいそうだよ。そもそもは人間が決めたことなんだから。アンドロイドはそれに従っているだけなんだし」
「それでも嫌なものは嫌なのさ。人間ってのは理屈だけじゃ割り切れねえもんだからな」
「そういうところは彩とそっくりだね。さすが兄妹だ」
だろ、と透は機嫌よく言った。
プールに到着し、透と彩は受付をすませた。
「それじゃアキ、行ってくるね」
「うん。二人とも、がんばってね」
「なあ、彩。やっぱ恥ずいから、もうちょい時間ぎりぎりまでさ……」
「私も一緒にいてあげるから、がまんしなさいよ」
ぐずる透を、彩は更衣室めざして引っ張っていく。
ロビーにいる人々は、そんな二人のやりとりを不思議そうな目で見ていた。
二人が更衣室へ入ったのを見届けた後、アキトは二階のアリーナへ向かった。
アリーナの最前列へ行き、ガラス張りになっている壁の向こうに広がるプールを見下ろして、透と彩の姿を探す。
プールサイドの端に、学校指定の水着と水泳帽を身に着けている団体が見えた。
彼らの正面にはアキトの高校の体育科の教員がいて、何か指示を出していた。
「あ、いたいた」
透は団体から少し離れたところに立っていた。その隣には彩の姿もある。
二人の様子がよく見える場所へ移ろうとした時、アキトは声をかけられた。
「すいません。ちょっとよろしいでしょうか」
振り返ると、そこにはプールの職員がいた。
「お手数ですが、身分証の提示をお願いします」
「友達のつきそいに来ただけですよ」
アキトは反発することなく、職員の指示に従い学生証を取り出して職員に渡した。
職員は学生証を受け取り、ICチップが内蔵されている箇所に人差し指を当てる。
同時に、職員の体にコードが発光した。
アンドロイドがその機能を発揮する場合、必ずコードを発光させなければならないことは法律によって定められている。アンドロイドの機能には犯罪に応用できるものも少なくはないのだ。
いかに条例で義務を免除されていても、こうした場合は例外とされている。
「……確認が完了しました。ご協力、ありがとうございます」
「どういたしまして」
アキトは学生証を受け取り、笑顔を見せた。
人間を相手にする時と、まったく同じように。
職員も人間的な笑みを浮かべ、静かに去っていった。
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