第一章 「おなじもの」

第1話 『何年目かの夏の青空』

 ふと歩みを止めて見上げてしまいたくなる。

 それほどまでに見事な夏の青空が、どこまでも高く遠く広がっていた。


 体育館から出てきたアキトは目を閉じて、両手を大きく広げ、天を仰ぐように胸を反らし体いっぱいに太陽の光を浴びた。

 ゆっくりと息を吐いた彼の顔には、じつに高校生らしい健康的で晴れやかな表情が浮かんでいた。


「おいアキト。早く行こうぜ」


 すぐそばから声が聞こえた。

 それは、少しばかりノイズの混じった、機械的な声だった。


「大丈夫だよ。うちのクラスの女子に限って初戦敗退はないから」


「男子は見事に初戦敗退だったけどな。球技大会とはいえ、ちったあ根性見せろよ」


「いいじゃない。おかげで彩の活躍を見に行けるんだから。透もそのほうがいいでしょ」


 アキトは目を開き、相手に顔を向ける。

 そこには一体のロボットがいた。

 小型の冷蔵庫にゴムホースのような手足をくっつけ、車のフロントみたいなデザインの頭部を乗せている、いかにもという感じの外見のロボットだ。

 往年のSF世界から飛び出してきたという見た目のこのロボットは、かなりの年代ものらしく体中のあちこちに傷があり、塗装もはげている。この学校に古くからある備品を流用したものなので、古いのは仕方ない。


「ところで透。三年は今日って普通に授業だよね。ここにいていいの?」


「いいんだよ。どうせ期末の答案返して余った時間は夏休みの課題をするだけだからな。だいたい先生方だって、俺がまともに授業に出席するなんて思ってねえよ。んなことより、早く行こうぜ。我が愛しき妹の雄姿をこの目にしっかり焼きつけねえとな」


 透と呼ばれたロボットはテクテクと小気味よいリズムで歩き出した。


「焼きつけるのはロボットのレンズとメモリーでしょ」


 まあな、と透は楽しそうに笑った。


 一学期期末考査終了から二日目となるこの日、二年生は球技大会に興じていた。

 男子は体育館でバスケットボールを、女子はグラウンドでサッカーを行うことになり、アキトのクラスの男子チームは他の追随を許さないやる気のなさを存分に発揮して初戦敗退となった。なのでメンバーは残りの時間を他のチームの応援や見学をして過ごすこととなり、アキトは透と共に彩がいるチームの見学をすることにした。


 校舎とグラウンドの間にある階段状の観覧席は、それなりの観客でにぎわっていた。

 グラウンドではクラスメイトの女子たちが相手チームと接戦を繰り広げていた。

 同点らしく、どちらかが点を取ればそこで試合終了となるようだ。

 アキトは観覧席に腰を下ろし、体操服をつまんでぱたぱたとあおぎ、風を送る。

 隣にいる透はロボットの望遠レンズを忙し気に動かし、彩の姿を探していた。


「お、いたいた!」


 透が声を上げる。

 その視線の先には、ボールを追って疾走する女子生徒の姿があった。

 アキトもよく目を凝らしてそちらを見る。

 かなり距離はあったが、それが彩であるとすぐにわかった。

 少年のように短い黒髪と、陸上部のエースランナーにふさわしい見事なフォームの走りは、間違いなく彼女のものだった。


「彩のやつ、いつになくマジだな。まあ、仕方ねえか」


「何かあったの?」


「なんだ聞いてないのか? ほら、ゴールデンウィークの課題で人権なんとかの作文を書かされただろ。で、彩の作文がコンクールで賞をとったんだ」


「へえ、すごいじゃない。でも、それとマジになってるって、どう関係するの?」


「それは直接本人に聞いてくれ。俺が話すよりも……、お? おお!」


 ちょうどその時、彩は相手選手からボールを奪い、ゴールめざして走り出していた。


「おお! おっしゃ、いいぞ彩! そのまま行け! 走れ! いけ、いけ! そこだ! 決めろ! お、お、お、おっしゃああああああっ!」


 彩が放ったシュートは見事ゴールし、透は歓喜に絶叫した。

 その叫びは彩にも聞こえていたらしく、彼女は肩で息をしながらこちらへ顔を向ける。


「おい見ろアキト。彩がこっち見てるぞ。お兄ちゃん応援ありがとうって顔してるぜ!」


 はしゃぐ透のそばでアキトは首をかしげる。

 普段の彼女なら天地がひっくり返ってもそんな顔はしないからだ。

 実際のところ、彩は虫を追い払うように腕を横に振っていた。

 アキトには彼女の表情は見えなかったが、そのバカを早く黙らせて、という意思は感じられた。

 とりあえず後で謝っておこう。

 そう思いながらアキトは空を仰ぎ、小さく息を吐く。


「夏だねえ」


 誰に言うでもなく、そうつぶやいた。


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