二度寝すると死ぬ呪い
アオイ・M・M
始にして終
「キミに『2度寝すると死ぬ呪い』をかけた」
出し抜けに彼女はそう言った。
起き抜けに、というのが正しいかもしれない。
「1週間も休んだら体がどうにかなっちまいますよ、なあ?」
出し抜けに上司はそう言った。
俺の
連休はなかったが、かろうじて土曜と日曜の休みはあったので。
むしゃくしゃした俺は出張した先の知らぬ街で、愛想のないバーテンダーがいる狭苦しい
そこで俺は魔女を見た。
馬鹿みたいに若い、若く見える女。
ギリギリ成人しているかどうかというくらい。
だというのに漂う空気は妖艶で、成人したての女には出せない色香があった。
……あったんだと思う。
なにせ俺はベロベロに酔っていたので定かではない。
目が覚めるともう夕方で、そこは安ホテルで。
安っぽいソファには喪服のような黒いドレスを着た女が優雅に腰かけていた。
逃走防止に雑に目張りされた窓の隙間から差す血のような赤い夕陽に照らされて。
そう、魔女は言ったのだ。
「キミに『2度寝すると死ぬ呪い』をかけた」
は?と俺が問うのを無視して女は部屋を出て行った。
ぽかんとする俺だけが取り残され、部屋の電話が鳴るまで俺はそのままだった。
退室を促す電話にはいとだけ答えて、俺は安ホテルを後にした。
さて、人間というのは不思議なものだ。
俺は魔女の魔法も信じてはいない。
そんな非科学的なものは存在しないとすら思っている。
だが、絶対はない。
絶対はないのだ。
俺はその日から2度寝ができなくなった。
2度寝したらそのまま永眠するんじゃないか、そんな気がしたからだ。
朝の目覚めはある意味で快適になった。
5分か、10分か、15分か、はたまた2時間か。
常より早く目覚める俺の人生は少しだけ長くなった。
代わりに俺の2度寝という代替し難い人生の楽しみは奪われたのだが。
そして、何十年かがたった。
クソ上司はクソのままだったので、俺は少しだけ長くなった人生を使って転職した。
結果は……、まあ上等な方だろう。
俺はいくらかマシな勤め先を得ていくらかマシな人生を歩んだ。
結婚はしなかった。
あの美しい魔女の姿がチラついたから、というのもある。
うっかり子供に添い寝して2度寝キメたら永眠とか子供に一生モンのトラウマ与えるだろとか思ったりしたわけだが、まあ理由としては俺が結婚に向いていなかったんだろうと思う。
特に後悔はない。
これはこれで良い人生だった。
定年を迎えた俺は。
独り身で使うこともなく淡々と貯めた貯蓄を切り崩して遊び歩いた。
その店を選んだのは全くの偶然で、その酒を選んだのも全くの偶然。
だが、彼女は言った。
「あの夜と同じお酒飲んでるんだね、キミ」
俺は一瞬だけ息を飲み、色々な言葉が口をついて漏れ出そうになったが。
結局そのすべてを飲み込んで酒杯を傾けた。
バーテンダーに声をかけて彼女の前に盃を1つ。
あの夜に、彼女が飲んでいたのと同じ銘柄。
色々と言いたいことはあったが、聞きたいことは1つだけだった。
何故、彼女は俺を呪ったのか。
「――キミな、行きずりとはいえ一夜を共にしておいて。
朝から艶っぽい会話もせずに女を放置してぐーすか2度寝キメるのは失礼だよ。
あまりにもムカついたからな」
あまりといえばあまり、だがなるほどといえばなるほどな理由。
俺は呆気にとられた後に笑い出してしまい、そんな俺を見て女は小さく笑った。
「だけど、呪ってなんかいない。
行きずりとはいえ一夜を共にしておいて、男を不幸にするのは私の
……いい人生だったろう?」
拗ねたように告げる彼女の横顔はあの夜とそっくり同じように可愛らしく。
俺は酒杯を傾けてからそっと呟いた。
この魔女め。
二度寝すると死ぬ呪い アオイ・M・M @kkym_aoi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます