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「何があったのか教えてくれませんか?僕が君の力になってあげられるかもしれませんよ」


青年は少女と目線を同じ高さまで持って行き、もう一度優しく少女の頭をポンポンと撫でると気恥ずかしそうに顔を俯く彼女


「う、うぅぅぅ」


初めアリスは少女が自分の言葉を信じるべきか思案し唸っていると思ったが違った。彼女はホッとしたように涙を零していた


「思い出すのも辛いですか?」


少女は鼻を啜りながら、顔を左右に軽く動かす


「違‥‥なんだろう、勝手に涙が‥‥‥」


ポロポロと後から後から涙が目から溢れ止まらない。


《ギュルルルゥゥゥ》


ホッとしたのも束の間、その音を聞きガサガサとアリスは徐に袋から食べ物を取り出した


「どうぞ」


「‥‥‥いいの?」


「えぇ」


「ううん。やっぱり大丈夫‥‥」


何故かおずおずと手を引っ込め始める少女の手を取り食べ物を手渡す


「相手の親切は素直に受け取ってください」


青年はわざとらしく唇を尖らせ、拗ねた言い方をする。そこで少女はアワアワとした袋を受け取る


「‥‥‥あ、ありがとう、ございます」


「いえいえ、助け合いは普通のことですよ」


アリスの握っている手がやけにポカポカしている感じがした。何だか見た目以上の力強さが少女の小さな手へと伝わってきているみたいだった


「わたし、ひとじゃない、のに?」


少女は自嘲するような笑みを浮かべている。

小さく、だがはっきりと重々しく彼女はそんな言葉を口にした


「わたし‥‥‥化物なんでしょ」


彼女は自分の頭部から生える角に手を置く

このたった小さな差異が人と化物を別ける大きな隔たりなのだと少女は痛感した


「‥‥‥」


青年は少しだけ悲痛そうに顔をしかめながら沈黙する


「でも、でもさ。わたし‥‥。化物かもしれないけど、悪いこと何もしてないよ?


「あの人たちに追われて、町の人にも蔑まれて、何度も怖い目にあって」


「わたしたちがあなたたちと何か違うってそんなにいけないことなの…?」


今にも泣きそうな震えた声で心中を吐露する少女を前に、青年は静かに頭を下げていた


「ごめん」


「謝って済むことじゃないけど」


彼に謝罪を要求したいわけではなかった。寧ろ、少女としては自分の力になってくれると言ってくれた彼にこんな事をさせるのは不本意だった


「あ、あなたに謝って欲しい訳じゃ‥‥だから顔を」


慌てて言葉を紡ごうとする彼女の言葉を聞かず、そのままの姿勢で彼は口を動かし始める


「人間全てが良い人だなんて言いません」


「大勢の人が君の事を傷つけたかもしれません」


「でもね、それでも」


「君の味方になってくれる人も確かにいるんです」


「だから人の事を嫌いにならないで下さい」


「‥‥‥」


青年の言葉を流石にはい分かりました。だなんて、彼女には到底、言える物ではなかったし思えなかった。とてもじゃないが、あんな目にあってしまっては



「‥‥‥無理だよ」


彼女の言葉を聞き、青年はうなだれた顔を上げる


「はは‥‥虫が良過ぎますよね。傷つけといて嫌いにならないでなんて」


青年が余りにも弱々しく微笑むものだから


「でも‥‥‥好きになる努力はしてみる」


彼女はどこか気恥ずかしそうに視線を他へ向ける


(この人に言われるまでも無く、人が悪い人ばっかりじゃないってのは知ってる。パパ、お父さんだって角がなくてもあんなに優しかったから)


(きっとこの人も‥‥ッ!)


彼女の全身の痛みが、何かを訴えている気がしたが気にしない様にした


†††

1人寂しく取り残されたフレメアは、なぜこんな所にいるかは分からないが取り敢えず依頼の邪魔になると判断した男たちを後ろから追撃する形で排除していた


(あの強そうな人以外はみんな倒したけど、あいつどこいったんだろ)


気がついたら影も形も無くなっていた、あの不思議な青年の事を思い出してると


「ぅ‥‥‥ぅぅ」


フレメアは倒れていた傭兵の1人が呻き声をあげて目を覚ましたので、のっそのっそと近づいてみる


「ヒッ‥‥!や、やめて。殺さないで!他の皆の命は差し出すので俺だけは!」


男がみっともなく命乞いをするので、フレメアは不思議そうに首を傾げる


「‥‥?言われなくても、殺さない」


(アニキなら戦った弾みで殺してただろうけど)


「ほ、本当か?」


「うん」


自分も彼らが化物なら躊躇いなく殺しただろうが、どう見たって人間の彼を殺す気にはなれなかった


「でも、どうしてお前たちはこんな所にいるの?」


フレメアの質問に男は顔を背ける。答えるつもりはないという意思表示のつもりだろう


「初めに言っておく。あたしは拷問ってあまり得意じゃない」


不穏な言葉をぼそりと呟くと男の肩が少し上ずる


「だから、うっかり殺したらごめん」


「謝るくらいならやめて!!」


そんな事をするつもりは彼女としても更々ない。話さないならそれでも良かったが。脅迫で情報が聞き出せるならやる価値は十分にある


「一先ず、心臓一刺し行っとく?」


「即殺!?」


「ぷすり」


「ぴぎゃあああ!!!」


冗談めかして言っただけだ。何もして無いのに男はトチ狂った異常者みたいな悲鳴をあげる。面白い反応である。そう言えば、紅い髪の彼女が石を投げた時、不幸にも当たってたのはこの男だった気がする。大きなタンコブが出来ている


「クッ‥‥これほどの拷問とは」


「わ、分かった。何でも言うから命だけは」


「うん。命と情報で妥協する」


「一切の妥協がねぇ!!」


「ジョークだよ」


「笑えねえ」



フレメアは口角を上げ構えてた槍をしまう


「じゃあね。田舎のおっ母さんが泣くようなことはすんなよな」


からかって満足したのか、フレメアは森の奥へ向かおうとする


「じ、情報はいらないのか?」


「うん。面倒だし、あと口臭いし」


「あっさり!しかも辛辣!!」


フレメアは下を注意深く観察しながら、何かを探すよう歩くと後ろから気配が近づいてくる


「‥‥なんでついて来てるの?」


近づいたのは先ほどの命乞いした男だったのでフレメアが怪訝そうにする


「ま、まあ。いいじゃん。迷惑はかけねえよ?」


「いるだけで迷惑。あと口臭い」


「泣くぞこらぁ!?」


厳しい言い方だが実力のない奴はいるだけで足手まといなのだ。アリスの時に強がりを言ったが、情報の足りない化物相手に不確定要素は極力排除しておきたいのが本音だ


(それに、話すと情が沸くし)



「俺が知ってることを話すよ。丁度誰かに聞いて欲しかったし」


男の思いがけない提案にフレメアは裏があるのかと思案する。どういう風の吹きまわしだろうか


「‥‥‥分かった。話してみて」


直感であるがこの男は言うほど悪い奴じゃない感じがしたので、話を聞いた後に追い返そうと心に誓うフレメア

男は、言葉を選んでるのか考え込み口を動かし始める


「俺たちは今でこそ身をやつしてるがこんなんでもとある王家の再興を目指している一団だ」


「だから装備が良いんだね」


それなりの装備を揃えるのは、資金面が相当に潤っていないと厳しいはずだ。


「これはくれたんだよ。何処ぞの貴族が、ポンと。依頼の前払いとして気前よく」


「へー」


不景気な世の中なのに何とも気前がいい話だ。次からは迷惑千万なので弱小国あたりにでも寄付して欲しいなとしんみり思う


「この依頼が成功したら大金も貰える手筈だ。もうあんまり意味はねえが」


「その依頼って?依頼主はどんな人?」


問い詰められる質問に男はたじろぎながらも


「あー‥‥依頼主は守秘義務契約で言えねぇんだわ」


男がそういうと右胸部を曝け出す。男性の胸にどれ程の価値があるのか、フレメアは思案するが、胸を見せたかったのではないのだろう。そこには小さな文字が彫られていた。恐らくは契約魔法の一種だろう。少し申し訳なさそうに小さく笑う


「依頼の内容は?」



「お前も見たろ。依頼は炎角族と人間のハーフの少女の誘拐だ。その、分かるだろ?半人は希少だからな」


眉がピクリと動く。誘拐という言葉にではなく炎角族というワードに反応を示したのだ


「知ってたか?あの一族の角って万病を癒す薬の材料になるらしい」


角。緋色の髪の毛。フレメアの頭の中で今回殺すべき相手のピースが当てはまっていく


「最初は断ろうかと思ったらしいけど、結局額が額だし引き受けたんだよな」


そこで男はわざとらしく大きな溜め息をつく


「んで、誘拐しに行ったらバレて。まあ人間と異種族がトラブったらどうなるか分かるだろ?」


「殺し合いだよ。殺し合い。俺は恐くて隠れたけどよ」


他人事みたいに戯けて言う男


「半分以上仲間はそれで死んだし、ボスたちもおっちぬしよ」


聞き捨てならない言葉にフレメアは待ったをかける


「待って。あの強そうな男が頭でしょ?」


「強そうな男?‥‥あぁロギンね。今はな」


「うちらの中だと五番手くらいだったけど」


Aランクのフレメアでも決して楽には勝てそうにない男が五番手。正直ギルドで冒険者でもやったほうがよっぽど稼げるんじゃなかろうか


「で、少女は逃がすし。踏んだり蹴ったりってわけよ」


「‥‥最後に一つ聞いていい?」


フレメアの質問は、今この場にいない紅い髪の少女にとって最悪な答えとして返ってくる事になる


「村人はどうなったの?」


つまりはーー


「皆死んだ。あの村にいた奴はみーんな」


とても現実は残酷で無慈悲だと云うことだ


「殺して、殺されて、焼べられてる」

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