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青年の思いがけない言葉にリーダー格の男は眉を潜める
「俺の聞き違いか?始める……?まさか、その棒っ切れで戦うつもりなのか?」
「そのまさかですよ。武器が無いものでね」
この時、その場に居る誰もが『いやその背負っている剣を抜けよ』と心中ツッコんでいた
「怖いなら落ち葉に変えますけど?」
「ふん。大したクソガキだ。こんな時に冗談をかます余裕があるとはな」
それに釣られて周りの連中の何人かが飽きれたかのようにゲラゲラと笑う
「貴方たち程度相手なら別に何使っても一緒ですから」
その言葉に男はロングソードを引き抜く。心なしか青筋がピキピキと浮かんでいる
「OK。クソガキ、何か役に立つようなら生かしてやろうと思ってたがテメェは殺す」
「それでは、フレメアさん。他は任せたよ」
「え、え‥‥うん。分かった」
少しだけ好戦的な青年を前にして、フレメアは戸惑ったが直ぐに頭を切り換えて武器を手に持つ
心の中でフレメアが『アリスが戦って死んだらどうしよう』と頭を抱えていたのは言うまでもない
†††
ローブを被った青年と身の丈を超える程の長槍を背負った少女が兵隊ばりに装備を整えた屈強な集団に挑むという。旗から見ると唯の自殺行為にしか見えない、そんな事の顛末をたまたま離れたところから見てしまった赤い髪の彼女は初め呆然としていたが直ぐに我に帰り
「な、なんなのあの人は馬鹿なの‥‥?勝てないよ!あれは!」
そんな言葉を口にしてしまった。当たり前だ。青年と少女2人に対して、男たちはその十倍近い人数がいる。どう見たって勝ち目なんかない
「あの男たちって、わたしを追いかけてた人たちだよね」
自分の安全と見ず知らずの人たちの命を天秤にかける
迷う必要などない。どちらが利口かなど一目瞭然だ。良心の呵責に苛まれる必要などない
迷いを振り払うように自身の深紅の髪を乱暴に掻き毟りこれから行う自分の行動を涙目ながらに呪った
「わたしは大馬鹿だ‥‥」
†††
「いつでもどうぞ」
青年は檜の棒をバトンの様に器用にクルクルと回しながら、自分から距離を詰めていく。
「はん。死にたがりがぁ‥‥!?」
男が話している途中に横から石が飛んでくる。当たる直前で辛うじて回避するが、石は他の奴に当たり。それと同時に鈍い産声を上げさせる
「あ?」
男は鋭い目付きで、自分に攻撃を仕掛けて来た方向を見る
「あーようやっとかくれんぼは終わりか?」
男は口角を吊り上げ言葉を問いかけた。その相手の所へ皆の視線が一箇所に集中する
「う、うぐぐ‥‥」
僅かに物怖じするようにそいつは呻くが直ぐに持ち直す
「あ、あんた達!わたしを狙ってるんでしょ?わたしはここよ!ここまでおいで~」
赤い髪の彼女はわざとらしく飛び跳ね、明らかに挑発と取れる行為をする
「「‥‥‥」」
誰もが沈黙し動きを止める代わりに湿った風が少しだけ、森を吹き抜ける
「はん」
男は薄ら笑いを浮かべながら、青年の方を見向きもせず赤い髪の彼女へ無造作に一歩を踏み出すとビクッと少女の身体が竦みたじろぐ
少女の瞳には分かりやすく不安が滲み出ている。顔に出やすい隠し事が苦手そうな子だと青年は分析していた
「かっ!化物が一丁前に人間らしく怖がるなよ」
リーダー格の男は汚らしいモノでも見る様な。町の人たちと全く同じ眼で彼女を射抜き吐き捨てる
「ば、化物化物って、わたしは人間だ!」
それを聞くと、男たちは互いに見やりくっくっくと笑う
「まじかよ、こいつ。自分の事を人間だとよ」
「思い上がりも甚だしいな。」
「てめぇら。お喋りはいい。さっさとこいつをよ‥‥」
そして────
「つかまえろぉぉぉぉ!!!」
男は怒声を飛ばして駆け抜けた。ワンテンポ遅れる形で他の奴らも動き出す
「うわぁぁぁ!!」
赤い髪の彼女はみっともなく叫び散らしながら森の奥へと逃げ込んで行き、男たちもそれを追っていく
「あれが依頼の……」
小さくつぶやいたのは、その場に唖然とした様子で残っていたフレメアだった
「私たちも追う‥‥アリス?」
その場に残っていたのはフレメアだけだった
†††
赤い髪の彼女は恨めしそうに自分を追ってくる男たちを睨み付けながら走っていた
「やっぱりわたしって馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ」
「ほっとけば良かったんだ」
自己嫌悪に陥ったのか、両手でポカポカと自分の頭を軽く殴りつけていた
「逃がすかぁぁ!!」
後ろから声が近づいてくる。この声は聞き覚えがある、あの中で1番怖そうな男の声だ。昨日の夜の時の恐ろしい形相がフラッシュバックしたせいか勝手に体が身震いを始める
「だ‥‥大丈夫。わたしなら逃げられる」
何かに祈る様に静かに告げ、彼女はただ無我夢中で逃げ続けた
彼女が誰にも追われていないと安心出来たのは、森を抜けた先にある小さな泉でだった
「ふぅー。や、やった〜!」
少しだけ乱れた呼吸を整え、彼女は泉に近づく。泉を見た瞬間、急激に喉が渇いたからだ
底が見えるほど透き通っていた綺麗な水を両手で掬って彼女は一息つくと、お腹がまた鳴く
(うぅ、やっぱり木の実だけじゃ凌げないか。それに)
彼女は泉に写った自分の姿を見てちょっとだけ残念そうに笑みを浮かべる
(このワンピース。お母さんから貰ったものなのに、こんなにボロボロだ)
白いワンピースが血と泥で黒く変色しているだけじゃない。服の所々が破けて見えている柔肌は傷だらけだ
(帰ったらなんでこんなに汚したんだって怒られちゃうな)
彼女はちょっとだけ怒りん坊の母と優しい父の事を思う
(村に、戻ろうかな)
彼女が溜め息を付くと、横から優しい手つきで誰かが彼女の頭を撫でてきた
(‥‥!!)
「へぇー。見間違いかと思ったけど、やっぱり角生えてますね」
そんな風に淡々と言葉を告げたのは、ローブに身を包んだアリスだった
「あ、お腹空いてるんですか?これ貰い物ですが良かったらどうぞ」
好意的な物言いをする青年。手は変わらず頭の角を愛でていた。確か隣にいた少女が名前を呼んでいた気がする。なんだったか
(アリス?いやアリノスだっけか。それよりも)
少女は青年への警戒からすかさず距離を取ろうと真横へ飛び跳ねる。普通の人には反応すら難しいはずだが、アリスも寸分違わず彼女と同じ速度と動きをもって距離を詰めていた
(な、なにこの人!?)
「そんなに怖がらないで下さい。別に取って食うつもりなんてありませんから」
腰が抜けたかの様に彼女はその場にへたり込むしかなかった
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