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†††

アリスと紅い髪の少女は泉で一休憩於いたのち、彼女の住んでいた村へと向かうこととなった

当然、少女は危ないからと何度も止めたがアリスは大丈夫の一点張りで押し通した。根負けした彼女は村へと渋々案内していたが


「ねぇ、やっぱり」


「大丈夫です。僕、それなりに強いですから。きっと助けになれますから」


ここまでの道中、何度目のやり取りを飽きもせず繰り返す2人。ここまで心配されるとアリスとしても少し辟易する


「君は結構心配性ですね」


「だって‥‥」


しょんぼりとする彼女を尻目に、青年は何かに気づいたのか足を止める


「どうしたの?」


唐突に足を止めた青年の顔に皺が寄り、厳しい顔つきになる


「臭い」


「え!?」


青年の指摘に少女は自分の体の臭いをいそいそと恥ずかしそうに嗅ぎ始める。青年の鼻についたこの異臭は彼女から発せられてるものではなかった


もっと遠くからだが、風に乗って微かに来ていた

ツンとした臭いがアリスの鼻孔を通って脳を刺激し、かつての馴染み深く忘れられない苦々しい記憶を思い出させていく


「‥‥‥先に僕だけいくから」


何かに気づいた様子で無理に落ち着き払った声が、還って少女の不安を駆り立てる事になる


「あ‥‥‥ぁぁ」


少女もアリスから何かを感じ取ったのか、2.3歩たじろぎながらも両手を祈るように胸に持って行き、静止するより早く駆け出した


「ま、待って。行っちゃ駄目だ!」


少女の凡そ人間には追従が出来ない速度がアリスの視界から自身の姿を消すまで5秒もかからなかった


「待っててば」


青年も慌てて追うが目的の場所に着くまでに彼女を止めるには、いかんせんこの地を知らな過ぎた


(最悪だ……これは)


青年の脳裏にこびり付くほどに嗅ぎ慣れたこの異臭は、大量の肉を焼く臭いと錆び付いた血の臭いが入り混じっていた

これが何を示唆しているのか分からない程、青年は楽観主義者じゃない


(村へ向かうべきじゃなかったか)


自分の間違った選択に対してドッと後悔の念が押し寄せる

青年が目的の場所。つまりは少女の村に着いた時には遅かった。余りにも遅過ぎた


異臭は村の中から周囲へハッキリと醸し出ている。村の入り口には大量の血痕と、何かを奥へ力づくで引きずった線が何本もある


「‥‥‥なんで僕はいつも」


物を引きずったであろう線に沿って無言で足を進める。村は大勢が争ったせいか様々な物が壊れていた。家が5,6件ほど倒壊していたり、地面が大きく抉れていたり、相当な死闘だったのが窺い知れた


足を止める。線の先には少女がいたからだ。正確には彼女の後姿のみを確認しただけで青年の方から顔までは見れないのだが‥‥



村の中心部には大きな穴が空いていた。線は穴の方で途切れている。どうやらそこを彼女は呆然と覗き込んでいるみたいだった


黒い煙と強い悪臭は穴の中から漂っているが、彼女はそんな些細な事に気を揉んでいる時間などないのだろう。当然だ。頭の中は穴の中の地獄を理解するので割かれているのだから


張り詰めた空気の中、青年は意を決した


「あの‥‥」


「やぁっと、見つけたぞ。クソガキがぁ」


アリスの戸惑い混じりに呼びかけた言葉は後方から遮られる。遮って現れたのは森で出会った傭兵のリーダ格の男だった


「手間取らせやがって。もう逃がさねぇぞ」


男は青年を無視してドカドカと彼女へ近づいてくが彼女は何の反応も示さない


「オラぁ!何ぼーっとしてんだ、てめえ」


彼女の肩に乱暴に男は掴みかかる


「ヒッ‥!」


そして、男は彼女の顔を見て小さな悲鳴を上げた


少女の瞳は群青色から深紅の色へと変わっていた。口元からは牙が伸び、角が頭から大きく突き出ていた。纏っている雰囲気も荒々しい。

彼女は文字通り鬼のような表情をしていた


男の顔を認識すると瞳孔大きく見開かれ、彼女の思考は地獄の穴蔵から自分の家族と仲間を奪った敵の1人へ切り替わった


男は反射的に少女から即座に右手を離し距離を取ると右手も男の手首から先だけが離れそのままボトリと地面の重力に引かれて落ちてしまう


「え?」


彼女はシンプルに今、自分がするべき行動を明確にする為に口にする


「殺してやる」



男は初め、自分の右手が何故地面に落ちてるのか理解できなかった

離れた右手と手首から先がない自分の右手を交互に何度も見やる


「え‥‥?俺の右手が」


「ぁぁぁ‥‥」


「右手がない!おれの右手が!!‥‥てっめぇぇぇぇ!!」


何度見ても手首から上にあるものがない。そして、男は狂乱じみた声を上げて少女へと斬りかかる


「ふざけるなぁぁ」


少女は残酷そうな薄ら笑いを貼り付け剣撃を横へとすり抜けると勢い余った男は、そのまま地獄の穴へと転がり落ちていった



男が落ちてる最中、目にしたのは、人が黒く炭化してナニかに成り果てた様だった。ナニかは熱で筋肉が収縮して骨が折れたのか身体の至る所から骨を剣山みたいに突き出していた。手足はおかしな所で曲がりくねり絡み合っている


ブシャリと何かが潰れる音が響いた


「あ‥‥ぎ、目が、目がぁぁ」


それは、男の右眼に不幸にも骨が突き刺さってしまった音だった。

骨は加熱され熱を持っていた。熱が内から眼球を焦がす。耐え難い痛みに襲われ、引き抜くと右眼から止めどなく血が溢れ出すが男はそれどころではない


「っえほ!げぼぉぉ‥‥!!熱い熱い熱い」


血だけではない。吐き気を催す匂いを前に自然と胃液が込み上げ吐き出してしまう

それだけじゃなく黒く炭化したナニかたちは、原子生物みたいに男の肌にベッタリと張り付き熱で焦がしてくる


「くそ殺ぉす!あのがきゃあ‥‥どこいきやがった」


呪いを口にし男は立ち上がる

そして足を動かすと、今度は蟻地獄みたいに下半身がすっぽりと吸い込まれる


「こ、の。抜けねぇ‥‥」


何度もがいても底なし沼に呑み込まれていく。

足の爪先をチリチリと何かが焦がし始める


「ぎ‥‥ああ!」


男の左足が嵌った先は、本当に不幸この上ないが、下で火が未だに燻っていた

男の背筋がぞわりと寒くなった。なんだ、これは‥‥これでは、まるで自分が地獄に堕ちていくみたいではないか


上を見ると鬼がギョロリと男を見下していた。少女は男に対して何もせず、苦しむ様を一瞬でも見逃さんとジッと見つめている


これから呑み込まれて皮膚をじっくり焼き切って、肉を炙りながら、神経を灰にするだろう


「がああ‥‥」


男の思考回路がグチャグチャに掻き乱されていく


「ぁぁぁぁぁ」


男は気が気ではなかった。あの逃げる事しか出来なかった少女と眼前に広がる地獄が恐ろしくてたまらない

きっと、この地獄は自分を簡単には殺さず。苦痛を与え続けて殺すのだろう

ならばいっそ一思いに。

左手に持った剣に目をやる。迷ってる暇などなかった


「ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう」


涙が零れ落ちる。歯の付け根が噛み合わない。どうしてだ。どうして自分だけこんな目に遭っているのだ。カタカタと震える剣を首に突き立てる


「死にたくねえょぉ‥‥」


男のか細い言葉を聞いた少女はニマリと満足そうに口角を吊り上げ醜く笑い、地獄にフワリと降り立ち男に近づいていく


「死ぬのって怖いよなぁ」


「ヒィ‥‥!」


聞き違いかと錯覚する程に少女の声は重く怨嗟に満ちていた。紅い眼光は憎しみで凝り固まり濁っている


「きっとみんなもそうだった。死にたくなんてなかった」


少女は僅かの躊躇いなく、男を肉塊にするため腕を振り下ろす。

人を一撃でバラバラにしかねない拳は、男に当たる直前にアリスが割って入り体で止める


「‥‥‥痛ぁ」


青年の頬は赤く腫れ上がり血が混じった唾を地面に吐き捨てる


「退いてくれ」


少女の懇願をアリスは哀しそうに顔を横に振り拒否する


「私を助けてくれるって、言ったよね……」



「うん。言った」



「お願い どいて」


少女は先ほどとは違う優しい声色を出すが、それでも首を縦には振らない



「どけよ!」


彼女は言葉と共に拳を振るってくるがアリスはそれを無言で受ける。受け続ける。

青年は身動ぎどころか眉一つ動かさない

少女は奥歯をギリギリと噛み締めた


「なんでそんな奴を庇う!」


歯止めが聞かなくなったのだろうか、拳を何度も何度もぶつけてきたがそのどれにも力は込められてなかった


「そいつが人間だから?」


「それとも‥‥‥わたしが化物だから?」


それでもやっぱり痛かった



「そうじゃない」


アリスは空を仰ぎ見ながら、静かに告解でもする様に口を開く


「人間とか化物とか間違ってもそんな理由だけで彼を庇ったりはしませんよ」


人間がやる事が全て正しくて、化物がやる事が全て間違っているなどと、そんなふざけた道理があるはずもない


「だったら、なんで!!」


アリスがこの後ろの男を守っているのは紛れもない事実。どの口が言ってるんだと思わず毒づきたくなるが、次の言葉で動きが止まる


「殺したらきっと後悔するから」


少女には言った意味が分からなかった


「‥‥後悔?何を言ってる?寧ろ逆だろうが。晴れやかに清清するだろうさ!」


「ううん。君はきっと後悔するよ」


アリスが少女を誰と重ねて見ているのかわからない。だが断定的な台詞に口元を抑え自嘲気味に彼女は笑う


「私は化物だ」


「違う」


アリスはまたしても断定する。はっきりと彼にはそう確信出来るものがあった


「だって、君はずっと泣いてるから」


彼女はずっと赤い瞳から涙を流していた

本当に彼女が心無い化物なら、相手を傷つけて心を痛めたりはしない。困っている見知らぬ他人の為に自分を犠牲にしたりはしない。自分以外の誰かの為に泣いたりなんか絶対にしない。それでも人とは違うのかもしれないけれど、それは心が無い訳ではない


「‥‥‥うるさい」



「泣いてるからなんだ?だから許せとでも言うつもりか!」


「死んだんだぞ!みんな‥‥人間が殺したんだ!」


「なんで」


彼女の小さな肩はワナワナと小刻みに動いている。嗚咽混じりの彼女の声が青年の耳を劈く


「人間の命はそんなに尊いの?化物の命はそんなに価値がないの?」


「‥‥」


言葉が見つからず、青年は重々しく瞼を閉じる


「嫌いだ。人間なんて、お前も‥‥‥こんな世界大っ嫌いだ!」



彼女は逃げる様に鍔を返して、穴を飛び越えアリスの前から逃げ去っていく

その様を呼び止めもせず見ていた。何と言って止めればいいのか分からなかったが正しい表現かもしれないが


「世界が嫌い、か。はは……僕もだよ」



「こっちが先か」


アリスは先ほどの言葉を噛み締めるかの様に呟く

男の方へ歩み寄ると首元を掴み無理やり引っぱる


「無理だ。身体が挟まって‥‥」


「少し黙れ」


アリスが何をしたのかは分からないが、2人の体がグニャリと歪む。まるで排水孔に呑まれる水の様に2人の体は空間に吸い込まれていく。

数秒も待たず、2人の姿はこの場から綺麗さっぱりと消え失せる


後に残るのは口の様にぽっかり開いた亡者の巣窟と荒れ果てた家だけだった




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