第6話 俺氏の無職デビュー♡

 


 無職1日目──


 アリシアが去り、しんとした部屋。俺は圧倒的虚無感と脱力感に包まれ、情けなさからしばらく呆然としていた。


 大聖女様には能力の名前すら教えてもらえず、女上司には無能と蔑まれても歯をくいしばり、聖騎士として戦ってきたのはいずれ恋人との幸せを手にするためだったのに。


 ところがクビにされ、心を踏みにじられたあげく彼女からは金銭すら持ち逃げされて何も言い返せなかった俺。


1日のうちに不幸の波が押し寄せて、絶望の淵に立たされた俺は……悔しくて、悔しくて唇を噛んでいた。


 しかし、何をどうしたって事実は変わらない。現実を受け止めて明日から生きていかなければならないのだ。


 無職になり、無一文だとしてもなんとか食っていかなければならないのだ。


 そう、俺は元聖騎士。一欠片の勇気を握りしめ、奮い立つんだ。


 どんなに絶望感に打ちひしがれたとて、男たるものいつ何時も立ち上がらなければならないのだ。


 ……って、そんな簡単に片付けられるかッ!


 いったいぜんたい、俺が何をしたっていうんだ?! たとえ聖騎士団では最弱だとしても懸命に、誠実に務めてきたつもりだ。


 去っていったアリシアにだって、どんな我儘を言おうと俺は笑って許してきたんだ!


「腹立つわ、腹立ってきたわーッ! つーかこんな結末になったのも、そもそも俺の〝聖なる◯◯◯〟っていうゴミハズレ能力のせいじゃないか!! いや、能力名をきちんと教えてくれなかった大聖女のメルフィラがそもそも原因じゃないかああッ!」


「それにあのおっぱいつるぺたの貧乳、ミリエラめ! 貴様がやったことはパワハラであり、モラハラだ! あんにゃろー見てろよ? いつかその貧乳揉みしだいて巨乳にしてやる!」


「つーかアリシア、君は詐欺師か! 恋愛詐欺じゃないか! 引っかかった俺もダメだけど、当然のように金を持っていくなんてよく考えたら犯罪じゃないかッッ」


 怒りの声が、静まり返っていた部屋に反響する。


 大聖女メルフィラに対して湧き上がる怒り、俺を斬りつけたミリエラへの憎悪、そして俺を騙していたアリシアへの燃え上がる復讐心が、いつしか俺を奮い立たせていた。


「絶対にあいつら許さない!! 必ず復讐してヤツらをギャフンと言わせてやる!! そんでギッタンギッタンのズッコズコのバッコバコにしてやるああああ!!」


 握りしめた拳をそのままに、壁に叩きつける。バコォン!! と大きな音を立て、破砕した屑がパラパラと落ちる。


 はぁ、最後の最後まで今日は最悪だ。とりあえず今日は酒飲んで寝よう。


 俺は本棚から数冊の本を取り出すと、裏にこっそりと隠していた年代物の赤ワインのコルクをキュポンと開けた。ワインオープナーを放り投げ、グラスに注がず瓶ごと口元へと運び、グビグビと飲む。


 ぷはぁ。


 ほんとならいつか聖騎士団長に就任した時に……アリシアとお祝いで飲もうと思っていたものだったが……残念だ。


 酸味と苦味と少しの甘さが喉を通り、身体に染み渡る中で頬を伝う一粒の涙。さながら今日の俺の1日を例えるような、そんな味を感じながら明日からのことを考え、


「……明日、冒険者ギルドに仕事探しに行くか……」


 と、ぽつりと呟く。


 そんな俺の、無職な生活が幕を開けたのだった。


  ◇



 翌朝、無職2日目──



 俺は冒険者ギルド〔センチュリオ〕に訪れた。冒険者ギルドは朝から深夜まで営業しており、クエストを受注したり依頼を受け付ける役場みたいなところで、当然仕事の斡旋もある。


 ただ、はっきり言って冒険者ギルドというのは俺は好きじゃない。


 なぜなら、冒険者というのは謎に併設された酒場で四六時中酒を飲み、大声でゲラゲラと笑いながら、ギルドで働く女性のケツを触るわ、同じパーティー仲間の女の子と人目を気にせずイチャコラワッショイする輩も多いのだ。


 まったくもってセクハラ三昧、冒険者ギルドとは名ばかりの、ある意味ハプニングバーである。


 公共の場で頭がイカれてると言わざるを得ない。


 ついでに言うと童貞の俺には目の毒だ。


 股間を立たせてギルドカウンターに行く俺の身にもなってもらいたいもんだ。恥ずかしいったらない。


 それに、ギルドの酒池肉林っぷりを傍観するギルドマスターにもイラっとくる。受付の奥で豪華な椅子に座り、踏ん反り返っているだけで金が入ってくるなんて羨まし……けしからんだろ。


 あとは冒険者がランク付けされるシステムがマジで気に入らない。


 冒険者とは冒険がしたいから冒険するのであって、誰かにランク付けされるものなんかじゃない。


 説明すると、冒険者は自身のランクの証を示す色別にされた水晶の首飾りを装備する義務がある。ちなみに、その上を行くランク……そう、勇者様や大賢者、大魔法使いなんかは純金や白金のプレートで己れの立ち位置を示すのだ。


 ついでに言うと、冒険者ギルドは夜の顔もある。通常業務が終了すると、夜の蝶が羽ばたく通称キャバクラと言われる酒場へと変貌する。

それは追々説明するとして、そんな狂気の沙汰……酒池肉林の不浄な場所など聖騎士として訪れなければいけなくなった我が身を呪う。


 いっけね、もう聖騎士じゃなかったわ。チクショウッ。



  ◇



 冒険者ギルドはむさ苦しい冒険者たちで溢れかえっていた。卑猥な衣装に身を包むセクシーな冒険者もいる。


「おろろ? 誰かと思ったら聖騎士をクビになった無能のヨシュアじゃないですかあ?」


 俺の姿を見つけて、酒に酔った冒険者の一人が早速ダル絡みをしてきた。ていうか、もう俺がクビになったの知ってるとは……吹聴したのはミリエラか、その一味の誰かだろう。


「お前、クズでトロくせぇってもっぱら噂だったぜ? そんなんでよく聖騎士になれたもんだ」


「バぁカ、違ぇよ、何言ってんだよ! コイツはクビになった使えねー元聖騎士だ。元だよも、と!」


「あぁ、いっけねえ。オイラ、このクズが聖騎士だったなんて何かの間違いだと思ってたからよぉ。つい皮肉をさあ、ギャハハハハハハハ!!」


「それはお前が聖騎士試験落ちた逆恨みだろう!? ま、受かったとしても誰かさんみてえにクビになってちゃ意味ねえけどなあ! ゲラゲラゲラ!」


「ギャハハ、ちげぇねえ! ま、特に能力もない上に、大聖女様から授けられた聖なる加護も意味不明で使えないときちゃあ、このクズがクビにされるのも時間の問題だとは思ってたけどな!」


 と俺を指さして言う。


「んで? 無職になっちまったから冒険者になるしかねえってか? ギャハハハハハ! 誰もてめぇなんかとパーティーを組まねえよ!!」


 一般的な冒険者は徒党を組み、クエストを攻略する。大体、攻撃役、支援補助役、盾役など、スタンダードなのは4人から5人のパーティー編成が基本だ。迷宮を踏破や、魔獣討伐して素材をゲットしたり、持って帰って来たお宝を換金するなど冒険者はさまざまである。


 対する俺は、ここにいる荒くれ者たちを差し置いて聖騎士になってしまったものだから冒険者たちからは疎まれ、嫌われていた。


 そんな俺とパーティーを組む者はたしかにこの冒険者ギルドにはいないだろう。能力もイミフで、聖騎士をクビになった経歴のある者がいたらパーティーの格を落としかねないと、そんなところだ。


「ま。貧弱元聖騎士のヨシュアにゃあ、駆け出し冒険者専用のスライム討伐クエストしか攻略できねえだろうなぁ」

「そいつあスライムに失礼だぜ? ヨシュアにゃスライムすら倒すことはできねーよ」

「「「ギャハハハハハハハ!!」」」


 ったく、こんなんだから冒険者は嫌いなんだ。自分よりも格下の者には侮蔑を並べ、格上には媚びへつらうのはもはや日常。


 ブン殴りたいほど腹立たしさもあるが、俺は馬鹿にしてくる冒険者たちを無視してギルドカウンターへと向かった。無論、金を稼ぐために冒険者としてクエストを受けるためだ。


 いちいちこんなヤツらを相手にしていたら元聖騎士としてみっともないしキリがない。幸いにも俺は聖騎士になる前、冒険者登録はしてあるからあとはクエストを選ぶだけなんだからな。

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