第5話 ステキな愛の勘違い (大聖女メルフィラ視点)


 私、メルフィラ・リアンネは、偉大なる神イスナを祀る大神殿の大聖女。


 悩める子羊たちを正しき道へと導いたり、勇者様やその一行に助言したり、聖騎士になられた方々へ神の加護を授けるのを生業としている。


 銀髪で碧色の瞳で、美男美女の鴛鴦夫婦である父と母の遺伝子を良いところばかり受け継いだ私は、美人な母の顔立ちにそっくりと言われれば、ある時は凛々しさのある目元が父にそっくりとも言われている。


 が、そんな私は未だかつて男性とのお付き合いなどしたことがない。大聖女という職業柄もそうですが、ちょっとでも近づく男性をちぎっては投げ、ちぎっては投げてしまう父にも問題があると思います。

 残念なことに、母もに似たようなもので『メルフィラの旦那様になる人はパパと同じくらい立派じゃないと!』と近づく男性を……以下略。


 てな感じで、今に至るわけです。最近ではそんな鬼神のような父様と母様の噂を聞いてか、より接点がある聖騎士の皆さんすらナンパ……もとい、お誘いをしてこない。


 聖騎士というのは、神に仕える神聖な騎士。魔獣や魔王軍と戦い、時には王に召し抱えられるほどの存在。

 そんな彼らに、私が神より神託を賜り、各々に見あった能力を授けるのだけど。


 ある日、私の前にヨシュアと名乗る新米聖騎士が現れました。癖毛がチャーミングで端正な顔つきの、涼しげな瞳のいい男でした。

 私は彼に能力を授けるべく、いつものようにイスナ様の神託を賜るため祈りを捧げると──


 神から発せられた言葉は、我が耳を疑うものだった。


『その男に授ける能力は聖なるエッチである』


 イスナ様、今なんて?


『エッチである』

『平たく言うと、男のソレは聖なるおちんちんである』


 神よ、よくわかりません。

 ぜんぜん平たくありません。


『もっと噛み砕いて言うならば、その男の能力は我が生命力を他者に与える、言わば絶対神の加護だ。サービスとして様々な奇跡を起こす〝聖なるキッス〟もそやつに与えよう』


 ななな、なぜそのようなハレンチ極まりない能力を……?


『ハレンチとはなんだメルフィラよ。よいか? 其方らは愛ゆえの儀式によりこの世に生を受けたのだぞ? 何を恥じらうことがあろうか、愛は世界を救うのだ。ゆえに我が加護でその男は勇者同様、この世界を救う存在になろう』


 ちょっと待ってください。大聖女たる私が彼に能力を授ける時に、能力名も使用効果も教えるのですが、あれれ?


『ではメルフィラよ、その者へしかと能力を授けるのだぞ』

「イスナ様! ちょっとお待ちくださいま──」


 そこでプツリとイスナ様との交信は途絶えてしまいました。


 あぁ、なんてことなんですの……! 大聖女の口からエッチだのキッスだの、お伝えしなければならないのですか? ききき、キスはなんとかお伝えできそうでもないけれど……いや、それだって顔から火が出るほど恥ずかしいわ。



  ◇



 神、イスナ様との交信を終えた私が目を開けると、私の前で新米聖騎士のヨシュアさんが膝まずいていた。彼は瞳を閉じて、今か今かと能力を授けられるのを待ち構えていたのです。


 なんてことでしょう。


 冷静に考えると、『聖なるエッチ』とかもう完全に変態としか思えないし、そんな破廉恥な言葉をつらつらと述べたら私、下手したら快楽堕ち願望の大聖女と思われないかしら。


 でもでも、イスナ様がかの者へ与えし能力、しっかりと私がお伝えしなければ。


「あなたの能力は◯◯◯です……」


 呟くように言うと、新米聖騎士のヨシュアさんは顔を上げた。私の瞳をじっと見つめた彼は一瞬固まったように見える。


 それはそうよ、大聖女たる私が聖なるちち、ちん……だなんて言うのだから彼も困惑してるのよ。


 と、思ったら。


「大聖女様、もう一度お願いします!」


 目をまるくしてヨシュアさんが聞き返す。そ、そんな! まさか聞こえなかったのかしら?! いや、待って。待つのよメルフィラ。私ったら無意識のうちに言葉を濁したんじゃないかしら。


「あの、その、……だから、○○○です」

「えっ? すみません、なんて仰ったのですか?!」


 んもう!! 穢れなき乙女の口から何度も言わせようとするなんて、この方はまさか超がつくほどのド変態なんじゃないかしら?! だって私聞いたことがありますもの。『言葉攻め』をすることで興奮する殿方がいらっしゃるというのを。


 この方もその類なんじゃないかしら。


 はいはい、異性とのご経験が豊富な貴方からしたら、私みたいな穢れなき乙女なんて野獣の群れに解き放たれた子ウサギですわよ。

 それにしても、乙女の口かは卑猥なセリフを言わせて興奮なさるだなんて歪んでますわ。


 じゃなければ、目をギラギラさせて何度も聞いてくるはずなんてないもの。




   ◇





 何度かヨシュアさんとやりとりをしたのですが、あれれれれ? どうやら彼はほんとうに私が告げた能力名を理解してはいなかった。怪訝そうな顔で私を見ている。


 はっきりと能力名をお伝えしようとは思いましたけど……あぁ、やっぱり私は言えなかった。軽々しくエッ……だなんて。


「大聖女様からミリエラ団長に私の能力をお伝えいただくわけには……」


 いやああああああ! そそそんなのらめぇええええ!!


 ヨシュアさん……そりぇはダメですっ! 乙女の口からそんなこと言わちぇないでっ! エッチだけにもう私のHPは限りなくゼロに近いというのにっ! 誰が上手いことを言えとっ!


 っと、いけないいけない、焦ると巻き舌になってしまう悪い癖が出てしまったわ。


 ふぅ、私だって出来るのならばミリエラさんにもお伝えしたいところですけど……あぁ、『彼に授けた能力は最強の聖剣技です』と言えたらどんなにいいでしょうか。


 しかし彼に授けたのは聖剣技でもなければ性剣技……ってゲフンゲフンッ! 私ったら何を考え出るんでしょう。


「は、はは恥ずかしいからイヤですうぅっ! 言いたくないんですっ! と、とにかく明日からよろしくお願いしまちゅねッ! さ、もう次の方が待ってましゅのでッッ!!」


 ……私は脳内を駆け巡るボケとツッコミに、そしてまるで炎属性のように真っ赤になったであろう顔を必死に横に振ったのだった。  


  ◇



〔以下、大聖女メルフィラの脳内〕



 新米聖騎士のヨシュアさんに羞恥心を突かれすぎた私は、胸がはち切れそうなほどドキドキしていた。頭の中では彼の聖なるエッ……に、時間をかけて辱められ、嘲笑いながら侮辱的な言葉を投げつけられる乱れた自分自身を妄想していた。



「ほら……メルフィラ。そのかわいいお口で言ってごらん、大聖女の君が欲しいのはなんだ??」

「い、イヤッ! そんな恥ずかしいこと言えませんわ!」

「ふぅん……そうか。では君にはあげることはできないなあ、この神より与えられし聖なる◯◯◯を!!」

「そ、そんな。あぁヨシュアさんお願いだから以下略」


 脳内で行為とともに、官能的に甘く耳元で囁かれる言葉責めは、毒のようにじわじわと私に染み込んでいく。そんな妄想をしてどのくらいがたったのでしょうか。もはや、思考回路がショートして冷静さも狂いだした私は、いつの間にか気がついたのです。



 そうだ、私が大聖女だったからこそ、この出会いがあったのだと。これは運命、ヨシュアさんから無意識のうちになされた言葉責めにモジモジと悶えながら、高鳴る胸の鼓動の正体…………それはきっと。




 恋なのだと。




 けれど、このままではヨシュアさんは何も知らずに能力を使うことがあるかもしれません。


 そんな私は『聖なるエッチは世界を救うために使うべきよ。そう……た、たとえば大聖女たるわわ、私のためにとか??』という思いに突き動かされていた。


 とはいっても、彼はまだ能力を理解してはいないだろうし、私だってあんな効果やこんな効果があるのをぜひぜひ試してみた……あぁ、私ったら何を考えているのでしょうか。



 それに、せっかく聖騎士になられた彼に能力をしっかりと告げなかった未熟なわたしの罪悪感を拭いたい。彼はきっと、未知ゆえに使えない能力で苦労することでしょう。


 ヨシュアさんを助けないといけないわ。


 だから私は、背を向けて今まさに出ていこうとするヨシュアさんにこっそりと〝監視ストーカー〟のスキルを使用して彼の今後を見守ろうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る