第12話 指折りある後悔を超え




 元パーティメンバーとの一悶着があった翌日。

 俺は床に伏せっていた。


「うぅ……」


「38.0度。ただの風邪よ」


 体温を測る機械の数値を見ながら、看病に来てくれたモナは、パシッと俺の額に濡れタオルを乗せた。


「安静にしてなさい。寝てれば治るから」


「……悪いな。迷惑かけて」


「別に、迷惑だなんて思ってないわ。じゃあ、朝食持ってくるから大人しくしてるのよ」


 モナはそう言い残し、さっさと寝室から出て行った。

 ──ほんと…情けないな。


 ボーッと天井を見つめ、そう思いながら、俺は目をゆっくりと閉じた。



▼▼▼



「レ……レオ、レオ!」


 何度も呼ばれて、目をゆっくりと開ける。

 周囲はもう暗くなりかけていた。


「大丈夫? ずっと眠っていたようだけど……体調はどうなの?」


 モナが心配そうな顔で俺の瞳を覗き込む。



 ──そんなに顔近づけんな。恥ずいだろ。



 額に手を当てて温度を確認。

 モナは、手応えがあったかのように頷いた。


「熱はだいぶ下がったみたいね。立てる?」


「あ、ああ……」


「無理をさせるようで悪いのだけど、貴方にお客さんよ」


「──っ! ……名前は聞いているか?」


 ──まさか、【聖剣の集い】のやつらじゃないだろうな。

 そんな俺の嫌な予感は、


「確か……ラウラって女の子だったわ」


 残念ながら的中してしまった。


 ──予想はしてたことだが、それにしてもラウラが来たのか。てっきり激昂したランドか俺のパーティ復帰に積極的だったカナが来ていると思っていたが……。

 思わず、顔をしかめる。

 モナは、その様子を見て、


「会いたくないなら、私が追い返しておくわよ」


 ツンとした表情でそう言った。



 ──俺のためにだろうな。


 モナは俺が前のパーティから無能なやつであるとして追い出された過去の話を聞いている。

 モナのさりげない優しさを肌で感じた。

 でも、その厚意に頷くことはなかった。


「いや、会うよ」


「大丈夫なの? 何かの罠かもしれないわ」


「もしそうなら、真正面から来たりしないだろ」


 モナは心配そうな顔をするが、ラウラが来たということで、あまり警戒心はなかった。

 これがランドやカナであったならば、間違いなく仮病……ではなく、病気だから帰れと追い返している。

 ──昨日の態度を見る限り、彼女だけは少なくとも俺に対して申し訳ないと感じてくれてそうだったからな。


「玄関にいるのか?」


「え、ええ……でも」


「くどいぞ。モナが心配してくれるのは嬉しいが、俺はそこまで頼りないやつじゃない。話をつけてくるよ」


 玄関に着くと、ラウラが縮こまったような格好で待っていた。ただ無言で下を向き、罪悪感に苛まれたような歪んだ口元が印象的であった。


「ラウラ」


「レオ、いままでごめんなさい」


 ラウラは突然頭を下げてくる。


「もう、ランドやカナが貴方に付き纏わないように対策する。だから、気を悪くしないで……なんて、虫のいい話だけど、でも……」


「いや、そんなに気にしてないから」


 ──ここまでされるとは、思わなかった。


「ずっと……謝りたかったの」


 ラウラはポツリとこぼす。


「貴方を追放した時は、2人に同調してた。無能がいなくなって、これからもっと強くなれるって……本気で思い込んでいたわ」


「ああ」


「でも、それは酷い思い違いだった。レオが抜けた後に別の人がパーティに加入して、依頼を受けた。……でも、大失敗しちゃった」


 ラウラは涙目ながらに語る。


「ランドとカナは偶然だって、笑い飛ばしてたけど……私は違う!」


「うん」


「レオがいたから、私たちは今まで安全にモンスターと戦えていたんだって、ちゃんと分かったの。だから、その……ずっと苦しかった」


「そうか……」


「レオに謝りたくて、でも、レオに会いに行きたいなんて、レオのことを悪く言い続けているランドとカナには言いづらくて……」


 ──ラウラも苦労してきたのだろう。ランドやカナと違って、顔立ちが本当に大人っぽくなっていた。

 レオは、ラウラの肩に手を置いた。


「……もう、気にするなよ」


「え……そんなこと、無理だよ」


「ラウラの気持ちはよく分かった。ちゃんと謝ってくれただけで十分だ」


 ──まさか、かつての仲間と和解する日が来るとは思わなかった。

 利用しようとか、打算的な感情は感じられなかった。

 心からの謝罪。

 ラウラの瞳から溢れる涙がそれを物語っていた。


「俺は、【聖剣の集い】には戻れない」


「うん……」


「でも、お前のことを憎いだとか、そんなこと、今はもう思っていない」


「うん……」


「だから、もう……罪悪感を抱き続けるのなんて、やめちまえ。お前は、ちゃんと謝ったんだ。もう解放されていいんだ」


「うん……うんっ……」


 震える声でラウラはなんとか受け答えをした。

 俺はただ、過去に追い出したメンバーの1人が素直に謝罪してくれたことを嬉しく感じる。

 分かり合えることなんて一生ないと思っていた。

 それでも、目の前のラウラは、ちゃんと本音を語ってくれた。


 ──ありがとうとは、思わない。

 それでも、俺のことを必要な存在だと思ってくれたことは本当に嬉しい。


「ラウラ、過去のことは忘れて……お前はお前の道を歩め」


 ──だから、俺は彼女の進むべき未来を応援する。

 決して交わることはない。

 俺は過去のパーティメンバーと再び仲良くやろうなんて考えていないからだ。

 それでも、彼女の行く末に幸福が待っていることを祈ってやるくらいは、してやってもいいだろう。


 俺のかけた言葉にラウラは崩れるようにしゃがみ込んだ。


「ありがとう……」


「ああ」


「もう、レオには会わない……でも、【エクスポーション】のことは、離れていても応援してるから!」


 今生の別れかのようにラウラはそう告げた。

 涙で濡れた頬を拭い、ラウラは笑う。


「私、冒険者……辞めるね」



 大きな間違いを犯したことへの償いか。

 それともラウラ自身が望んだことなのか。

 ……いずれにせよ、その言葉は俺にとって忘れたくても忘れられないような頭に焼き付けられる記憶となるのであった。


 仲間としてもう戻れない。


 過去にあった出来事。


 後悔の連続。

 その全てが、栄光の道を歩んでいる今と対照的に俺にとっての暗い歴史であるのかもしれない。


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