第7話 俺より辛い過去を超えて





 ギルドハウスに取り残されたのは、俺とヴィランとアイリスの3人であった。

 しかし、そのうちの1人はすでに意識がない。


「ぐごぉぉぉぉっ……! すひ〜」


「どんないびきだよ。うるさ……」


 いつの間にか、夢の世界へと旅立ったらしいヴィランは、気持ちの良さそうな顔で、口から酒臭さを漂わせていた。

 ──昼間から、酒で落ちる奴があるかよ。

 自然とため息が漏れる。


「ヴィランさん、もう酔っ払ってるんですか?」


「ああ、俺らが帰った時にはすでに真っ赤な顔で幸せそうに飲んでたよ」


「もう、飲み過ぎは良くないって、普段からあれほど言ってたのに……」


 不服そうな顔をしながらも、アイリスはヴィランに優しく毛布をかけた。


「大変だったな。モナが槍で戦えないってなったら、アイリスもかなり負担になっただろうし」


 苦労を労うようにレオが言葉をかけるが、アイリスは可愛らしい笑顔を浮かべる。


「そんなことないよ。モナちゃんが必死に守ってくれたから、私も呪文の詠唱に集中できたし」


「そっか。モナに感謝だな」


「はい!」


 ──どうやら、モナは素手ながら獅子奮迅の活躍をしたようだ。そんな大立ち回りをしてきた帰りにアレンに馬鹿にされれば、流石にキレるか。


「さっきのは、アレンが全面的に悪いな」


「ん〜、私もつい興奮しちゃって口を滑らしちゃったから……」


「いや、事情説明してくれただけなんだから、そんなに悪くないって」


「モナちゃん恥ずかしいって……」


「ああ、そういうね」


 先程のことを振り返りつつ、俺とアイリスは、周辺に転がっている空の酒瓶を片付ける。


「スタンピードは、全部潰せたか?」


「はい。スタンピードにしては、モンスターの数がちょっと少なめだったから、思わぬアクシデントで苦戦しましたけど、なんとかなりました!」


「なるほどね。取り敢えず、2人が無事に戻ってきてくれてよかった」


 片付けをしながら、アイリスと談笑する。

 ──あの何も喋らなかった女の子が、今ではこんなに楽しそうにしているなんて、あの頃の俺は想像もしてなかったよ。


「アイリス」


「はい。なんでしょう?」


「今は、楽しいか?」


「もちろんです。……男性陣の皆さんは、とても楽しい方ばかりですし、モナちゃんも優しくしてくれますから」


「そうか」


 ──なら、良かったよ。

 彼女の過去を知っているからこそ、しみじみとそう思っていた。

 彼女は、教会に住んでいたが、不幸なスタンピードによって教会という住処も、親しかったシスターや教会の仲間たちを丸ごと失った過去を持つ。


 ──パーティを追い出されただけの俺よりも、辛い思いをしてきた子が浮かばれたんなら良かったってもんだな。


「アイリス、俺たちも飲むか?」


「いいですよ。……でも、飲み過ぎは」


「飲み過ぎは良くない。だよな。分かってるよ」


 ヴィランの酔い潰れた姿を横目にそう言った。

 飲み過ぎだ。本当に呆れてしまう。

 けれども、その幸せそうな寝顔を拝みながら、俺はアイリスに笑みを向ける。


「……モナとアレンの2人が戻ってきたら俺たちも乾杯しよう!」


「そうですね。いいと思います!」


 アイリスはそう言って、台所の方へと向かう。

 手料理の得意なアイリスは、ちゃちゃっと食材を用意して、調理を開始した。


「じゃあ。2人のためにお料理、作っちゃいますね」


「ああ、分かった。配膳と残りの片付けは、俺がやるよ」


「はい、そちらはお任せしました」



 俺とアイリスは玄関に目を向けながら、宴の準備を進める。

 【エクスポーション】の送る日常は、とても平穏なものであった。


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