第2話

「えっとー……櫻井マキさん。ご職業は確か……」

「元アイドル。今は幽霊やってます」

 にわかに信じられないことだが、ワイドショーの中で生前の映像として歌って踊っている櫻井マキという女性が今、目の前にいた。それも幽霊という形で。

 彼はもともと幽霊という存在を軽くではあるが信じていた。というのも彼は昔から霊感というものがあり、何度か不思議な体験をしたことがあるからだ。だが不思議な体験といってもせいぜい家の廊下を横切る靄のような何かを見たり、おかしな声を聴いたというくらいで、ここまではっきり見えたのは初めてのことだった。

「ここまではっきり見えるものなんですね」

「私も信じられないです。あ、あと普通にため口でしゃべってくれませんか? ちょっと年上の人から敬語っていうのは慣れてなくて……」

 マキはアイドルグループの人気メンバーというだけあって目鼻立ちも整っており、ボブカットの髪で実年齢よりも少し幼く見える容姿だった。他人に対するあたりも柔らかく、恭しいものだったがこちらを見据えるその瞳は何者にも屈せぬという気品の高さを感じさせる。

 だがなにより特筆すべきは容姿でも性格でもなく、彼女の持つそのカリスマ性だろう。そこに存在するだけでその空間の空気を彼女が支配しているように錯覚してしまうような輝きを彼女は持っていた。

 整った容姿に柔らかな態度、そして荒野に咲く一輪の花のごとき存在感とカリスマ。アイドル文化というものに造詣のない彼でも彼女が人気ナンバーワンになるのは当たり前のことのように思えた。


「でだ、自殺じゃないっていうのは?」

 危うく彼女に魂を持ってかれると思った彼が話を切り出した。

「あ、実は私もおぼろげなんですが、帰り道でいきなり後ろから頭を殴られたんです。それが私の覚えている最期で……」

「なるほどね。心当たりは?」

「それが全く。もしかしたら通り魔なのかも」

「通り魔かも……ね」

 彼はそれを手帳にメモしたが、その線は薄いだろうと考えている。テレビでは首をつっての自殺と報道されていた。これは恐らく頸椎の骨が折れていたためだろう。彼女の言ったことが正しければその通り魔は彼女を殴打した後わざわざロープを使って、彼女の頸椎の骨を折り、自殺に見せかけたことになる。無差別に人を襲う通り魔がそこまでするとは思えない。

 それに現代の鑑識技術は首に鬱血痕を付けた程度で誤魔化せるものではない。直接の死因は後頭部を殴打されたことだと簡単にわかるはずだ。とすれば、恐らく彼女の死体は首にロープがかかった状態で雑木林の中で仰向けに寝そべっていた状態で見つかったことになる。そうすれば、彼女が首をつった後にロープが切れたなりなんなりで下に落ち、その時に後頭部を強打したと誤魔化せるからだ。

「この推測があっていれば犯人は君を気絶させるために石で殴ったんだろうね。恐ろしく計画的だ。……ということは犯人は君に恨みを持つ何者かということだ」

「流石ですね、この短時間でここまで推理するなんて」

「いや、あの……」

 犯人は彼女に恨みを持つ何者かという事実はもしかしたらショックをあたえるかもしれないと想像して慎重に伝えたものの、本人は至ってあっけらんかとしている。

「あ、別にそんな配慮いらないですよ。恨みつらみは私たちの業界だと普通ですから」

「はあ……」

 だが、それが当たり前の世界ということは容疑者はごまんといることになる。犯人探しは難航するだろう。それに死因の特定がされている以上、警察の捜査もこれ以上進まない可能性がある。


「まあ、とりあえずは現場だな……。どうするお前は来るかい?」

「あ、じゃあお供します」

 即答だった。自分の死んだ場所に行きたいなんて奇特な幽霊もいたものだと、彼は心の中で苦笑した。

 

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