Op.01 蒼の狭間で⑦
紅谷機の反応が消える直前、パイロットの脱出を知らせる信号が発せられた。
「ベイルアウト……撃墜された⁉」
〈不明機からのミサイルです……〉
ミサの声にアラートが被る。不明機は次の標的としてキリナたちをロックオンしていた。
「ノシュカ隊、ブレイク!」
キリナは操縦桿を倒し、回避機動をとる。その一瞬後には、キリナの機体があった空間にミサイルが突っ込み、自爆した。
ミサイルに続いて、発射した母機がキリナの機体とすれ違う。衝撃波に揺さぶられる機体を立て直しながら、キリナは動体視力に長けた目でその姿を捉えた。
黒光りする異形の戦闘機は、作戦会議で見た「火の国」の新型だった。
「不明機は『火の国』の新型機と確認! 敵機と判断し、交戦を許可する!」
〈ノシュカ
編隊を解いた敵機は旋回し、それぞれキリナとミサの方へ向かってくる。加速しながら突っ込んでくる様子は、まるで大型のミサイルだ。
キリナは急降下で二回目の攻撃をやり過ごす。上方を敵機が通過したタイミングで機首を引き起こし、相手の後ろを取る。相対距離は短距離ミサイルの射程には及ばないが、長距離ミサイルで攻撃するには近すぎる、微妙な距離だった。
敵機を短距離ミサイルの射程に入れるため、キリナは急加速をかける。敵機も追撃を振り切ろうと加速するが、アスベルには及ばない。
敵機が短距離ミサイルの射程に入り、ロックオン完了の発信音がヘルメットに響く。
「もらった!」
キリナが短距離ミサイルを発射しようとした時、敵機は卒倒するような機動で機首方向を変え、反転した。キリナが敵機を追って旋回した時には、既に短距離ミサイルの射程外だった。
「トリッキーな機動だけど……!」
アスベルの加速性能なら余裕で追いつける! キリナは再び敵機を追って加速する。しかし、短距離ミサイルの射程に入った瞬間に敵機は先ほどと同じように反転し、加速して射程外まで逃れた。
反転しては加速し、追いつかれたら反転……キリナはその動きに振り回され、次第に息が乱れてきた。一方の敵機は急激な反転機動を繰り返しているのにも関わらず、動きが鈍る様子はない。
「クソッ! パイロットはサイボーグかAIなの⁉」
倫理的な問題から、AIで自律戦闘を行う無人機の運用は条約で禁止されている。もちろん、テロ組織である「火の国」が律儀に国際法を守るとは思えないが。
「アイツがAI搭載型の無人機なら、機動に一定のパターンがあるはず! それが解れば……」
キリナは敵機を追いながら、目を凝らしてその動きを観察する。
相手を惹きつけてから急角度で旋回し、加速して引き離す。その一連の動作の中で、速度を失って動きが直線的になっている瞬間があった。旋回後に運動エネルギーを消耗している時だ。
再び敵機との距離が詰まる。今までとは違い、キリナは相手に先んじて旋回した。少し遅れて敵機が旋回し、特徴的な三枚のパドルを持つ推力偏向ノズルが正面に見えた。
敵機はキリナの攻撃をかわそうとするが、速度を失っているため急角度の旋回ができない。その隙を逃さず、キリナは敵機の後方に食らい付く。
短距離ミサイルのシーカーがエンジンの熱を感知し、ロックオン。
「FOX2!」
ミサイル発射ボタンを押し込む。
光の尾を引いて、ミサイルが敵機に向かって飛翔する。直撃はしなかったが、近接信管で炸裂したミサイルが無数の破片をまき散らす。
その爆風とミサイルの破片に翼を引き裂かれ、敵機は黒煙を噴きながら墜ちていった。
「敵機撃破」
防空指揮所に報告したキリナは、レーダー上で残りの敵機の位置を確認する。ミサもAIの機動パターンに気付いたらしく、もう一機も既に撃墜されていた。
キリナは機体を傾けて脱出した紅谷少尉の姿を探す。オレンジ色のバルーン
彼の背中を見ていると、キリナは無性に腹立たしく思えてきた。
「紅谷少尉……キミはわがままだ! 私はアズサさんに会えないことを受け入れているのに! 受け入れようとしているのに!」
聴こえないと解っていても、叫ばずにはいられなかった。
チラリとディスプレイに目をやると、燃料は残り少なかった。これ以上この空域に留まるのは難しいだろう。
〈帰りましょう、キリナさん。今のところ増援の気配はありません。後は救難チームの仕事です〉
無線からミサがなだめるような声をかける。キリナは名残惜しく思いながらも機体を水平に戻した。
「任務終了。ノシュカ隊は帰投する……」
*
帰投後のデブリーフィングで聴いた話によれば、救難チームが到着した時には紅谷少尉のビーコン波は消失しており、遠ざかる不審船だけが見えたという。
彼が「火の国」に加わったのは間違いないだろう。
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