Op.01 蒼の狭間で⑥

 二日後、哨戒飛行の任務に就いていたノシュカ隊は、アルトリア軍からの要請で逃亡機の追撃に向かうことになった。


〈逃亡を図ったのはアルトリア空軍の紅谷べにやリクト少尉。あなたたちと同じで、異世界から転移してきた少年兵よ……〉


 防空指揮所のコナー少佐が状況を説明する。


〈つまり、行方不明になった子たちと同じで、『火の国』に参加する可能性があるってことですか?〉


 ミサの言葉に少佐は〈その可能性は高いわ〉と返す。


〈紅谷少尉は僚機を撃墜した後、進路を変更し、ハン王国の領空に向かったわ。アルトリア空軍は仮想敵国であるハン王国を刺激したくないとして、バッカニア社に追撃を委託したの〉

「じゃあ、私たちはハン王国の防空識別圏に入る前に紅谷少尉を見つけて、彼を連れ戻せばいいんですね?」

〈そういうこと。頼んだわよ?〉

「了解です。ミサちゃん、行くよ!」


 キリナの指示にミサは引き締まった声で〈はい〉と応じる。


 アルトリア軍から提供された情報によれば、紅谷少尉は低空でレーダーによる探知を避けているらしい。ノシュカ隊は戦術データリンクに誘導され、迫水少尉との接触が予想される空域に向かう。


 キリナはレーダーを空対空の低空索敵モードに切り替え、紅谷少尉の機体を捜す。レーダーディスプレイ上に機影が現れる……一つではない。


 キリナたちに近い方はIFF(敵味方識別装置)の応答から紅谷機と思われるが、その向こうから二機の所属不明機が高速で接近しつつあった。


 キリナは通信回線を開き、アルトリア空軍機に呼びかけた。


「こちら、バッカニア社のノシュカ隊。前方を飛行中のアルトリア空軍機に告ぐ! 直ちに官姓名と飛行目的を明かせ!」


 すぐにトーンの高いの少年の声が返ってきた。


〈バッカニア社? 空賊が俺に何の用だ?〉

「アルトリア空軍から逃亡を図った紅谷少尉というのは、キミのこと?」

〈俺を連れ戻しに来たってことか?〉


 紅谷機が加速する。キリナもスロットルレバーを倒して彼を追う。


「戻ってきなさい!」

〈追うな! 上官を撃墜した俺が、軍に戻ってもどうせ……俺は『火の国』に参加するんだ!〉


 紅谷少尉の言葉を聴いて、キリナの心臓が大きく脈打つ。無線の向こうではミサが〈やっぱり〉と声を出す。


「『火の国』に参加する⁉ 何言ってんだか⁉ 気でも違ったの⁉」

〈うっせぇわ! 俺は異世界ガチャが外れたんだ! 『火の国』は元の世界の記憶を提供すれば、転移のやり直しをしてくれると言っている!〉

「本気でそう思ってるの⁉ 今すぐ進路を変えて軍に帰りなさい! さもないと……」


 キリナは火器管制スイッチを入れる。対空兵装は完全装備。紅谷機が背中を見せている今なら確実に撃墜可能だ。


 一方のミサは、無線から不明機を解析した情報を伝えてきた。


〈接近しつつある不明機の放射パターンを機体内ライブラリと照合……該当する機種はなし。『火の国』の新型の可能性があります!〉


 それを聴いて、キリナは長距離ミサイルを選択。紅谷機をロックする。


「今すぐ進路を変えなさい! 指示に従わない場合は、貴機を撃墜する!」


 発射スイッチに置いた指に力を込める。だが、キリナがミサイルを撃つ前にレーダーディスプレイから紅谷機の反応が消失した。

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