Op.01 蒼の狭間で⑤
ブリーフィングの後、キリナとミサは部屋の前で別れる。ミサは先に兵舎に帰り、キリナはその足で
プリンセス・ルース島基地は民間の空港と滑走路を共有しているため敷地が狭い。全ての機体を地上に置いておくことは不可能で、スクランブルのローテーションから外された機体は地下格納庫に移される。
明日の出撃予定はないので、ノシュカ隊の機体も地下に降りていた。
狭く薄暗い空間に、二機のアスベルが機首をそろえて並んでいる。手前がキリナの乗機で、奥がミサのものだ。少年兵は体格の個人差が大きく、機体とパイロットを固定した方が効率的なのだ。
キリナはゆっくりと愛機に歩み寄る。天井のパネル照明に照らされ、滑らかな機体表面が鈍く光っていた。
そのコクピットには、天然パーマの少年が収まっていた。タブレットを片手に電子機器の点検を行っているようだ。
格納庫に他の整備士の姿はない。何人かいるノシュカ隊の整備士の中で、少年はいつも最後まで残って入念に点検を行ってくれる。
「差し入れ持ってきたよ」
乗降用の梯子を登って、キリナは少年に声をかける。彼は作業を続けながら「ありがとう、助かる」と返す。少年が顔を上げ、濃い茶色の瞳がキリナの方を向いた。
「ただ、もう少し機体を丁寧に扱って欲しいな。お前の機体は蓄積されたダメージが大きい。ミサの機体より交換が必要なパーツが多かったぞ?」
「ごめんね、手を煩わせちゃって……」
キリナはお詫びの品が入った紙袋を少年に差し出した。
「全くだよ……」
少年――
タクヤもこの異世界に転移した少年で、キリナとは「ホーム」の同期生だった。彼もパイロットを目指してバッカニア社に入社したのだが、心肺機能を強化するナノマシンが体質に適合せず、整備士に転向した。
格納庫の隅に折り畳みの椅子を二脚広げ、キリナとタクヤは座る。
「アスベルは運用開始から五十年も経つ老騎士だぜ? あんまり無理させるな」
愚痴を垂れながら、タクヤはレジ袋からホットドッグを取り出す。
「でも、この世界で最強の機体なんでしょ?」
「運用開始当初はな。性能は既に陳腐化している。アスベルの特徴はエンジン出力に由来する速度だが、今ではそれが通用しない機種も多い。『火の国』が投入した例の新型だって、アスベルの格闘性能じゃ敵わないかもしれない……」
そう言ってタクヤはホットドッグをかじる。もぐもぐと遅めの昼食を頬張る彼の横顔を見ながら、キリナはブリーフィングの前から抱えていた疑問について尋ねてみる。
「タクヤはさ、元の世界が恋しいと思った事はある?」
キリナの問いにタクヤは口の中のホットドッグを飲み込んでから答える。
「もちろんある。今でもそう思うことはよくあるさ」
タクヤはキリナの質問の意図を尋ねなかった。何かあったということは察してくれたらしい。
「けど、今は没頭できることがある。元の世界に戻る方法があったとしても、簡単には戻れないだろうな……」
タクヤの視線が翼を休めるアスベルの方に向けられる。整備士としてキリナ以上にアスベルに愛着を抱いていることは知っていた。より高性能な戦闘機は元の世界にもあったかもしれないが、タクヤはアスベルでなければだめなのだ。
「羨ましいよ。夢中になれることがあって……今の私には何もない」
「そうなのか? お前もすっかり空に魅入られてるように思うが?」
キリナはタクヤからの評価を意外に思った。
「私ってそんな風に見えるの?」
「機体を整備してると解る。機体性能をギリギリまで引き出して、構造強度の限界に近い旋回をしている。空戦の刺激に酔ってるヤツじゃなきゃ、こんな強気な飛び方はしない」
「そう……そうなんだ」
タクヤの言葉をどう受け止めたらいいのか解らない。この世界での生きがいに気付かせてくれたことは感謝している。その反面、自分が元の世界にいた頃とは別人になってしまったようにも思えて、喪失感に近い寒気を覚えた。
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