Op.01 蒼の狭間で③
パイプ椅子に腰かけ、キリナたちはブリーフィングが始まるのを待っていた。予定の時刻より少し遅れている。
部屋の前に掲げられたモニターの脇では、ノシュカ隊の指揮官であるボブ・コナー少佐が太い腕に巻かれた時計に目を落としている。男性の身体と女性としての性自認を持つ指揮官はいつもゆったりとした態度を崩さないが、今は少し苛立っているように見える。
しばらく静寂が続いた後、ゆっくりと扉が開く。
「遅れて申し訳ありません……」
弱々しい声とともに部屋に入ってきた金髪の青年は、バッカニア社と協力関係にあるアルトリア連邦から派遣された
「眼鏡を置いた場所を忘れたの?」
少佐の言葉に分析官は彼の黒縁メガネを指して「仕事用のカバンに入れているので、忘れるはずはありませんよ」と返す。
「実はブリーフィングの直前に新たな情報が回ってきて、発表内容を修正していたんです」
「じゃあ、それについても後で聴かせてちょうだい。始めましょう」
少佐はポンと手を打つと、リモコンを操作してモニターに地図を表示する。
地図上ではオグレット海を挟んで二つの大陸が向かい合っているのが確認できる。バッカニア社が基地を置くプリンセス・ルース島は北極圏に近い海域に位置していた。
「ここ一ヶ月の間で、オグレット海における『火の国』の活動が活発化しているわ。今日の戦闘を合わせると、今月はもう六回も『火の国』の所属機が目撃され、四回は戦闘に発展している」
前に立つコナー少佐は、褐色の顔に埋め込まれた鷲のような目を光らせながら話す。少佐がコントローラーを操作すると、地図に戦闘が発生した座標を示す×印と時間が表示された。
「さらに、敵の新型機が目撃されたとの情報が入ってきたの」
少佐は部屋の隅に立つ分析官にウインクを飛ばす。分析官は少したじろぎながらも、手にしたタブレットを操作する。彼のタブレットとモニターの画面が共有され、一面に黒々とした戦闘機の写真が映し出された。
「デジタル技術の脅威よね……」
画素の荒い画像にCGによる補正が加えられ、その独特な外観がくっきりとしていく。
主翼は内側がデルタ翼で、途中から後退翼に変化している。主翼の前方に配置されたカナードや、三枚のパドルを持つ推力偏向ノズルなどから、高い機動性が予想される。
少佐に代わって前に立った分析官は簡単な自己紹介をしてから写真の分析結果を報告する。
「僕はアルトリア連邦情報局のアーロン・キーンです。この写真はアルトリア軍機が遭遇した所属不明機のものですが、アルトリアはこの機種を装備していない。シルエットの似た機種を運用する国は複数ありますが、いずれも関与を否定しています。現段階では『火の国』が独自に開発した機体という見方が有力です」
アーロン分析官の話を聴きながら、キリナは写真に写る新型機をじっと睨む。異形という表現の相応しいシルエットに、本能的な嫌悪感というか、恐怖のようなものを覚えた。
ノシュカ隊が運用するアスベルも高い格闘戦能力を持つが、パイロットをいたわる紳士的な優しさが感じられた。だが、「火の国」が持ち出したこの新型機は、まるでパイロットを部品の一つとして扱うような、非人間的で冷たい印象を受ける。何の根拠もないが、キリナは心の深い部分でそう感じた。
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