7日目 午後
透哉は起き上がり、声のする方を見ました。
そこにいるギアは体が赤色で、顔の仮面には1007という管理番号が書かれています。透哉の管理番号は1008番なので、一つ前の番号です。
「もしかして、僕の兄弟か?」
透哉は、ほとんど動かなくなっている体に鞭を打ち、起き上がりました。
「そうだよ」そのギアは答えます。「1日目に生まれつきのイレギュラーとして追放された、君の兄だ。会えてうれしいよ」
「まさか。……こんな形で会うなんて!」
透哉は、7日目まで生きた自分へのご褒美がこれなのかもしれないと思いました。
しかし、感傷に浸っている暇はありません。透哉は先ほどの言葉が気になります。
「ナノカジマのギアたちを救いに行くって、本気で言っているのか?」
「ああ、あまり再会を喜ぶ時間が無くて申し訳ないけど、そのつもりだ。豊から話を聞いたけど、僕はあの世界のギアを放ってはおけない。一緒に来てくれる?」
兄は言いました。
あの世界を救うこと——それは、一生の最後に見つけた「生きる意味」なのではないかと思いました。
「僕も一緒に行くよ!」
透哉は迷うことなく返事をしました。「ナノカジマから出られて、兄さんにも会えたんだ。あの世界からギアを助けることは、僕も絶対にやらなきゃいけない!」
——どうせあと少しで死ぬのだから、この命を誰かのために懸けて、足掻いてみよう。
今こそ、いつしか兼次に踏みにじられた良心を発揮する時です。
「よし、それじゃあ行こう!」
兄は透哉を起き上がらせ、二人一緒に、透哉が流されてきた海岸に来ました。
そこには豊がいます。
「豊、僕たちはナノカジマのギアを助けに行ってくる!」
豊は「うむ」と言い、腕を組みます。「お前たちはどうやって、ナノカジマのギアを助けるんだ?」
透哉はハッとしました。
「そうか。僕たちにはギアを助ける手段がない。一体一体に話しかけてナノカジマから出るよう説得していたら、いつ死んでしまうか分からないし……」
豊は、二人の肩に手を置いて言いました。
「まあ、そうなることは、だいたい予想がついていた。……そこでだ。おれは歌が歌える。歌詞にナノカジマの真実を記し、多くのギアに聴いてもらうのはどうだろう? そうすれば、無理にナノカジマからギアを逃がそうとしなくても、嫌になったギアから自然に逃げていくだろう」
豊は唐突に歌い始めました。
透哉は歌というものを初めて聴きましたが、豊の心からの叫びに感動しました。
ナノカジマの真実を分かりやすく多くのギアに伝える方法、歌——これなら目的を達成できると確信して、透哉は拳を握りました。
歌い終わった豊は、力強い声で言いました。
「おれも連れていけ」
透哉も兄も、何も言わずに頷きました。
そして3人は、覚悟を決めて海に飛び込みました。
激しい潮流が3人を飲み込みます。
透哉は途中、死んでしまうかもしれないと思いましたが、気が付いたらあるところに流れ着いていました。
たくさんの花が咲いている花畑です。
ここは透哉が最初に流された場所、ナノカジマの端でした。
3人はとうとう、ナノカジマに帰ってきたのです。
「いいか、少ない時間で大勢のギアに歌を聞いてもらうには、3人一緒に回っていたら非効率だ。おれは右から、透哉は真ん中から、透哉の兄貴は左から、ナノカジマを回るぞ。そしたら世界樹の下でまた集合しよう。作戦会議をする」
すぐに豊が指揮を執りました。もしかしたら豊は、ナノカジマを追放されたときから、これを計画していたのかもしれません。
「分かった」
3人は歌いながら歩き出しました。
7日目の透哉はいつ死んでもおかしくない体ですが、先ほど聞いたばかりの歌を一生懸命歌いながら進んでいきます。
すれ違うギアは、透哉のことを不審な目で見ます。しかし、初めて聞く「歌」という娯楽に興味を持つギアもいました。
さらに、一緒に歌うギアも現れました。一体のギアが歌うと、それに便乗するように周りのギアも歌い始めました。
透哉は歌いながら、一緒に歌ってくれているギアを引き連れて世界樹の下まで来ました。そこには、倒れているギアがたくさんいます。透哉がナノカジマで仕事をしていたときから、世界樹から飛び降りるギアが後を絶たないのです。
飛び降りるギアを掃除する専門の仕事があるくらいですが、その掃除も間に合っていないようです。
この狂ったナノカジマにいる、1体でも多くのギアに歌が届くよう、透哉は声を張り上げて歌い続けます。
すると、どこからかケイビヤが現れて言いました。
「おいお前、そこで何をしている!」
「僕はただ、歌を歌っているだけです」
「お前もか。お前たちが変なことをしたせいで、この島の多くのギアが歌い出して、仕事をしなくなってしまったぞ。仕事をしないギアを生み出した罪は重い。この場で処刑する」
「やめてくれ! 僕はただ、ナノカジマのギアを助けたかっただけなんだ」
透哉はケイビヤから逃げ出します。
逃げて、逃げて、逃げ回ります。
しかし、ナノカジマのきまりを重んじているギアの集団に石を投げられて、転んでしまいました。
——痛い。もう、体が。でも、逃げなきゃ。
立ち上がろうとした透哉が地面に手を着くと、何かに触れました。
冷たくて、ずっしりと固いもの——透哉の兄と豊の、死体でした。
2人は既に、別のケイビヤに処刑されてしまっていたのです。
「うわっ! なんだこれ! 豊、兄さん……。……どうすればいいんだ!」
透哉はもう、体が動かなくなりました。
透哉に追いついたケイビヤは、うなだれる透哉を足蹴りします。
それでも透哉は、懸命に口を動かします。
「おかしいのは、この、世界だ。僕は、何も間違って、な、い」
「超危険ギアの処理のため、緊急事態対応法に基づき、首輪爆弾を起動する!」
ケイビヤはそう言って、手に持ったスイッチを押しました。
透哉の首元から一気に広がる熱は、一瞬で透哉の命を奪ってしまいました。
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