7日目 午前

 透哉は目を覚ましました。

 どうやら、今までいた花畑とは違う、知らない場所で横になっているようです。


——ここが、死後の世界か


「お、目が覚めたか」

 すぐ横から、聞き覚えのある声が聞こえます。


 そこには、なんと豊が立っていました。豊は2日目に透哉たちがいる部屋から出て行ったギアです。


 透哉は思わず起き上がり、

「豊、君は生きているのか? 僕は死んだのか?」

 と、豊にしがみついて尋ねました。

「おれもお前も生きてる。あの世界から流されてきたんだ。そしてここは別の世界だ」

「別の世界? そんなものがあるのか?」

「ああ」

「豊はあの後、何をしていたんだ? ずっとここにいたのか?」

 透哉は続けざまに質問します。

「おれは2日目にイレギュラーとして追放された。地下を出た後、ケイビヤのギアに連れていかれて海に流されたんだ。死ぬかと思った。だが、気が付いたらこの世界に流れ着いていた。どうやら、今までに追放されたイレギュラーの多くが、この世界に流れ着くみたいなんだ。おれたちはナノカジマが世界の全てだと思っていたが、他にも世界はあったんだ!」

 豊は両手を広げて言いました。

「この世界を見ろ、いいところだろ?」

 透哉は、流れ着いたこの世界を見渡しました。


 この世界は、ナノカジマと違ってとても広々としており、空気が澄んでいます。

 時計を置く世界樹は無く、まっさらな緑の大地が続いています。ナノカジマは、世界樹の根が張り巡らされた、荒廃した大地でした。

 ナノカジマとは対照的で、開放感を覚えます。


 そして、この世界のギアたちは皆、白かったはずの体を好きな色に塗って楽しんでいます。

 さらに、オス同士やメス同士で交尾をしているギアもいます。

 ナノカジマでそんなことをしたら、イレギュラー扱いは間違いないです。しかし、この世界では何をしても許されているようです。


「どうだ、面白い世界だろう?」

豊は、あたかも自分がこの世界を創り出したかのような、誇らしげな声で言いました。

「ああ、本当にいい世界だ。……だが、僕も君も今日で死ぬんだ。もっと早くこの世界に来られれば良かった……」

「安心しろ。この世界には7日以上生きているギアもいる」

「嘘だろ⁉」透哉は驚きを隠せません。「僕たちは7日で死ぬんじゃないのか? そういう体なんだろう?」

「ああ、最初はおれもそう思っていた」豊は少し興奮気味に答えます。「だが、この世界にきたイレギュラーで、7日目に死んだ奴はいない。それどころか、1日目や2日目の段階で早めにナノカジマを追放されたギアほど、この世界に来て長生きしている。おれの体を見てみろ。すごく健康だろ?」

 透哉は改めて豊の体を見ました。たしかに、透哉と同じ7日目でも、豊の方が圧倒的に元気に見えます。


「それでおれはこう考えたんだ。『ナノカジマのギアが7日目で死んでしまうのは、精神と肉体の両方に問題を抱えてしまうからだ』とね」

「どういうことだ?」

「まずは精神的ダメージ。これは、イレギュラーを見つけてナノカジマから叩き出そうという相互監視の圧力や、いつイレギュラー認定を受けて追放されてもおかしくないという恐怖、追放されたらどこに行くのか分からない不安といった、ストレスのことだ」

 透哉には、思い当たる節が多くありました。イレギュラーに対して周りのギアが石を投げていた光景が、頭に浮かびます。ナノカジマのギアたちは、とにかくイレギュラーという存在を避けていました。

「次に、肉体的ダメージ。これはシンプルに、6日目になるまでずっと休まず働き続けることが原因だろう」

 間違いないと、透哉は思いました。

 それに、肉体的な問題を生む原因はもう一つ、首輪にもあるのではないかとも思いました。

 ——どうして僕は、こんな重いものを首につけているんだろう

 首輪をさすった透哉は、忘れていた首輪の重みを思い出しました。外そうとしても外れません。

「まあ、おれも数日以内には死んでしまうだろうが、少なくとも7日目の今日に死ぬことはなさそうだな」

 豊が言いました。仕事に就く前にナノカジマを出た豊は首輪をしていないので、体が軽そうです。


「——じゃあ、ナノカジマにいろんな決まり事がある意味って何なんだろう? みんな7日間で死んでしまうなんて、かわいそうじゃないか」

「さあ。おれには分からない」豊は首を傾げます。「ただ、ナノカジマを持続可能なものにするためなのではないかと、おれは考えている。決まった数のギアが生まれて、同じ数のギアが死んでいく、それは安定を保つシステムとしては完璧だ。それに、俺みたいなイレギュラーがたくさんいたら、あの世界は成り立っていないだろうからな。だから、決まり事をたくさん作って、盲目的にただ従うだけのギアに仕上げるんだ。そして、それに従えないギアを追放することで、盲目的なギアだけが残る。ナノカジマの決まり事を決めた何者かは、ギアの命よりも世界の安定の方が大切だったんだろうな」


 透哉は怒りを抑えられません。

「じゃあ僕の一生は、いったい何だったんだ! 誰のために生きていたんだよ! 何のために生きてきたんだよ! 僕は——」

 痛む腕で、何度も何度も地面を叩きます。

「落ち着け!」豊は、地面をたたく透哉の腕をつかみ、なだめるように言いました。「あんな世界のことは忘れて、残りの時間をここで自由に過ごそう」

「ああ、分かった」透哉は力なく腕を下ろしました。「もうすぐ僕は死ぬ。最期の瞬間までこの世界にいて、何にも縛られず生きることにするよ」


 豊は透哉を広い草原に案内しました。

「ここならゆっくりできるだろう」

「ああ、ありがとう」

 透哉が横になると、豊は静かに立ち去りました。


 時折吹いてくる風が、横になった透哉の体を優しく撫でます。


 ——これが、自由なのかな


 うっとりと目を閉じたとき、何者かが透哉のところにやって来て言いました。


「ナノカジマのギアたちを救いに行かない?」


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