6日目

 時計の針が24を指した瞬間、透哉の体は急に重くなりました。

 これまで働いてきた疲労のせいでしょうか。特に首と腰がものすごく痛みます。


 それでも、自分が貯めてきた金の石を回収しなければ自由は訪れません。

 透哉は必死に地面を掘ります。

「ここで金の石を掘れなかったら、僕は何のために働いてきたんだ!」

 しかし最終的に、もともと埋めた量の半分程度しか回収できませんでした。


 ——このまま体が動かなくなれば、せっかくの6日目が台無しになってしまう!

 そう思った透哉は、「イシャ」に体を診てもらうことにしました。


 重い体に鞭を打ち、透哉はなんとかイシャのいる部屋にたどり着きました。

 その部屋には、透哉と同じように体の不調を訴えるギアがたくさんいます。腰が曲がっていたり、腕が上がらなかったり、みんな苦しそうです。

 そして、そうしたギアのほとんどは、6日目か7日目のギアです。


 透哉が診てもらう順番になりました。

「6日目になったら急に体が重くなってしまったんですが、僕は病気なのでしょうか? ここにいる他のギアたちも、みんな同じ病気なのですか?」

 透哉はイシャに質問しました。

「いえ、あなたは病気ではありません」イシャは答えます。「みんな6日目になるとこうなるんですよ」

「そうなんですか。これは良くならないんですか? 仕事が終わって、せっかく残りの時間を満喫できると思ったんですが」

「それでしたら、この薬を飲めばよくなります」

 イシャは透哉に紫色の粒を渡しました。

 その薬は、イシャの周りにたくさん置かれています。おそらく6日目や7日目になったギアの多くが、このイシャのところに来て、薬をもらっているのでしょう。

 みんな飲んでいるのなら、それを飲めば自分も良くなるだろう。透哉はそう思いました。

「ありがとうございます!」

 薬をもらった透哉は、イシャにお礼を言いました。

「金の石と交換になりますが、よろしいですか?」

「はい、もちろん! 仕方のない事ですからね」

 透哉は、回収できた金の石を全てイシャに支払い、薬をもらいました。

「お大事にしてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 透哉は去り際に、イシャが「この仕事は儲かって仕方がないな」とつぶやいているように聞こえましたが、耳が悪くてあまりよく聞こえませんでした。


 イシャの部屋を後にした透哉は、もらった薬を飲んでみました。

 しかし、しばらく待っても効果が表れる気配は一向にありません。


 よくよく考えてみると、透哉が3日目に出会った兼次は、6日目からずっと腰が曲がっていました。彼が薬を飲んでいたかは分かりませんが、あの傍若無人で他力本願な兼次なら、イシャに薬をもらっていた可能性は高いです。そして、見栄を張るために薬を飲んでいると言わなかったのかもしれません。

 だとしたら、薬は偽物で、効果が無い可能性が高いということになります。


 透哉は、自分が騙されたことに気付きました。

 しかし、もう一度イシャのところに行き新しい別の薬をもらうにしても、金の石が足りません。残りの金の石を掘り返す力も無いので、透哉は抗うことを諦めました。


 代わりに、死までの残された時間を満喫することにしました。

 もう6日目も半分くらい過ぎています。体が悪い透哉は、自分に残された時間は少ないと悟っていました。


——せめて、やり残したことが無いように死にたい。


 そう思ったとき、ふと4日目に行った花畑のことを思い出しました。

 そして、なぜか無性に、もう一度あの花畑に行きたくなりました。


 一生懸命歩いて、世界の端にある花畑に来ました。

 そこではたくさんの花が、4日目に見つけた時と変わらず咲いています。花畑の少し先には海が広がっていて、眺めも良いです。


 透哉はここを死に場所に決めました。

そして、綺麗な景色を見ながら、いままでの6日間に想いを馳せました。


 仕事のために花を探しに行き、そこで沙智に出会い、決まり事だからと結婚して子供を作り、自由になれるはずの6日目には体を壊して、稼いだ金の石もほとんど失う——

 そんな、何一ついいことの無い一生でした。


 どうせなら誰かに見届けられて死に、立派な墓を建ててもらいたい。そう思いましたが、透哉のところに後輩のミトドケヤクが来る気配はありません。

 そういえば仕事を始めたときに、利佳子が「ミトドケヤクは、ギアの数が足りない」と言っていたことを思い出しました。


 透哉は、最期の瞬間まで独りで生きる覚悟を決めました。力を振り絞り、たくさんの花の中を歩き回ります。ちょうどよい大きさの石を見つけて、それを墓石とすることにしました。

「綺麗な花の中で死ねるなら、兼次よりも多少はマシだな。……死って、こんなに虚しいものなんだ。死ぬ直前まで喧しかった兼次が羨ましい」


 死ぬ準備が整った透哉は、墓石の隣で横になりました。

このまま死ねば、花を摘みに来た誰かが自分のことを見つけて、ちゃんとした墓を掘ってくれるだろう。そんな考えも、少しはありました。


 世界樹の時計を見ると、もうすぐ針が24を指そうとしています。24を過ぎたら7日目に突入し、いつ死ぬか分からなくなります。それを考えると、先ほどまで覚悟していた「死」を受け入れることに恐怖を覚え始めました。

「死にたくない! 僕は死ぬために生まれてきたんじゃない! なんのために生まれてきたんだ! 嫌だ!」


 すると突然、花畑の向こうの海から大きな波が来ました。

 抵抗する間も無く、透哉は波に飲み込まれてしまいました。

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