第三話 : 第84回放送
「え、えと、もう聞こえてますか?」
「ショーコの恋バナで電波をジャック、第……何回だか忘れました! どうでもいいことですけれど」
「もうメンバーは揃い、そろそろお話も終盤です。だんだんとこのお話も終着点に向かっております。え、恋の行方について全然話してないって? それは大丈夫です。ちゃんと話します」
「あのヨーデルですが、次の日、あまり部屋からは出てきませんでした。たまに部屋の外で見かけたと思うと、だいぶ怯えた様子で窓の外を見ていました。それと同時に何か思い詰めたような顔をしていて」
「そして、彼がダンに声をかけたところがたまたま目に入り、何かを伝えようとしていたその瞬間」
「船に何か大きな衝撃が加わり、すごい音を立てて揺れました。それこそ立っていられないほどで」
「一緒に話していた私とマイは壁にしがみつき、何があったんだろう?とダンの方を見ると、すでにそこにはヨーデルだけしかいません。ダンは船長室に行ったようです。ヨーデルは『遅かった』『僕のせいで…』と呟いていました」
「何事かとマイクとリンも応接室に集まった頃、ダンが戻ってきました。そして、『だめだ、何にぶつかったかわからないが、エンジンがやられた。しばらく船は動きそうにない』と彼が告げました」
「マイクが『そんな、また探知が…』と言いかけると、ヨーデルが『ここはそういう領域のようなんです』と。彼の船もまた、この場所で機器の動作不良に遭い、遭難していたんだと。救難信号はずっと出していたが、救助は来てくれなかった。『だから、早くルートを変更するように伝えるべきでした』そう、彼は言いました」
「ダンが『船の墓場か…』と呟きます。リンが急いで食料を確認してくれましたが、そんなに余裕はないようでした。『長期間の遭難には備えられる量は残ってないよ』と彼女が言った瞬間、みんなの中で焦りが一気に噴き出したように感じます。それ以降、みんな黙ってしまいました」
「しばらく沈黙が続いた後、ダンが意を決してみんなにあることを告げました。このままだと助かる見込みがないかもしれない。救難はいつ来るかわからない。だから」
「『冷凍ポッドに入ろう』って」
「この船も一応は人を乗せて宇宙を渡る客船です。緊急時用に乗客を冷凍保存し救助を待つポッドが保険として備え付けてあります。電源も予備電源から引っ張ってくるため、先程の影響もなさそうとのことでした」
「でも、ここで問題がありまして。冷凍ポッド、実は出発時の人数分しかなかったんですね。それでは足らないんです。増えちゃった、ヨーデルの分が」
「どうしようか、とみんなで悩んでいるとダンが言うんです。『ヨーデル、お前はオレのポッドに入れ』と。『これは船長の責任だ。オレが残って、救援が来るまで待つ』と言うんです。みんなが冷凍ポッドに入り、食料の消費を抑えたほうが、長期間、生存の確率も高まると」
「それを聞いて、ヨーデルは複雑な顔をしていました。でも、彼は直前まで同じような遭難で絶望を体験した身です。その申し出を断ることはできず、『本当に申し訳ありません。ありがとうございます』と言っていました。『この御恩は忘れません』と言い、同時に彼の目から涙をこぼれました」
「そう決まってからは、急ぎ準備が始まりました。マイクはポッドの状態を確認、先ほどの影響がないか調査を進めていきます」
「マイはもし何かあった時に備えて、と救護物資の使い方をダンへと教え、リンは少ない食料を栄養として摂取するのに最適なメニューとスケジュールを作り、ダンへと共有しています」
「で、私はどうしていたかというと、ずっと、動けずにいました。また何もできない自分に苛立っていたのもありますが、それ以上に。心のとっかかりが晴れませんでした」
「あれ、このままだとダンともう二度と会えないかもしれない。え、なんだろう。凄く嫌だ。なんで彼だけ。そんな思いが心の中を渦巻いて、彼を残してポッドに入ろう、とは思えなかったんです」
「いよいよな時になっても、その気持ちは変わらず、それぞれポッドに入っていく間も、どうしても動くことができませんでした」
「ダンが『きっと救援は来る。だから少し待っていてくれ』と声かけて、一人ずつポッドへと入っていきます。そして、最後、私だけが残されました」
「『どうしたんだ、ショーコさん?』と彼は言いますが、私は伝えたいことをうまく言葉にできず、俯きながら「心配で…」とだけ振り絞って言ったんです。あなたのことが気になって、と」
「そうしたら、『大丈夫。救援はきっと来る。心配せずにポッドに入ってくれ』と彼は言うんですね。そういうことじゃないんだけど、と伝えようと見上げると、彼は優しい目で私を見ていました。これから一人で残るというのに、こちらを心配させまいとしている優しい眼差し」
「その時です。私ははっきりと自覚しました。あ、やっぱり彼が好きなんだと。好きになってしまっていたんだと」
「で、で、私、ついやってしまったんですね。彼がポッドの設定をして背を向けた時に、どん、と背中を押して。すぐにポッドのスイッチを押しました」
「ポッドの窓を見ると彼が驚いた顔で窓を叩いています。でも次第にゆっくりと目を閉じていきました。それこそ眠れる姫のような。まあ、姫じゃなくて王子なんですけど」
「眠れる王子の姿を見送りつつ、私はたくさんの船員たちと凍らずにその場に残りました」
「と、そういうわけで私の恋は実らず、宇宙を彷徨っているわけです。成就を期待していた方、すいません…。あれ、なんか辛気臭い終わりになってしまいましたね。おかしいなー。こんな話じゃなかったと思うのに…。なんでだろう…」
「………」
「………ねえ、誰か、この声、届いてたりしませんか……?」
そして、私はマイクを下ろした。目の前には無慈悲な電子測量のモニター。
私は席をたち、部屋を出て、ポッドの安置ルームの方へ移動する。
安置ルームへ向かう途中、廊下に動かずに倒れている
最初はただ単純に救難信号を送信していた。でも、一向に届くことはなかった。ヨーデルの言った通りだった。
この広い宇宙だ。救難信号なんて毎日腐るほど飛び交っている。星間救助隊は毎日宇宙に出ていると聞いたが、それこそ星の数ほどいる遭難船を全て見つけることは難しいのだろう。私たちの信号をキャッチアップしてもらえるのはいつの日か。
もう、本当に救難信号は届くことはないのだろうか。
そんな疑心が自分の中に生まれた時に、自身に言い聞かせるよう、この旅の自分の出来事を語って流すようになった。誰かに届いてるなんて決して思わないけれど、でも、記憶を繋ぎ止めるように、ここにいるんだと言うように。
放送が終わる頃には毎回、何をしているんだろうかと思う。
でも、この話している間だけはみんなに、彼に会える。彼の顔を思い出せる。孤独であることを、空腹を、迫る恐怖を、忘れられる。
きっと終わりの見えないこの状況で、自分を奮い立たせるためには、何か狂気が必要なのだと今は思う。それこそ恋のような、周りの状況を見えなくするような。
船の後方、安置ルームの中心に、円をなすように冷凍ポッドが置かれている。私はダンのポッドへ寄り添い、窓から彼の顔を覗き込んだ。
最後の時まで優しい、温かい目で人を守ろうとした彼の姿。優しい眼差しをむけ、自分より他人を優先する。そんな綺麗な心の彼が、とても、とても好きになった。だから。
彼を、みんなを、なんとかして助けたいと思う。
崩れそうになりそうな気持ちを鼓舞させ、私はまた立ち上がる。誰にも知られず、私の孤独の戦いは続く。でも、負けることはない、だって。
恋する乙女はいつだって勝つものだから。
私は痩せ細った手でみんなに手を振る。反応はいつものようにない。
「き、きっと。救難信号、もうちょっとで届くと思うから。だからもう少し待っててね」
私は自分に言い聞かせるように掠れた声を吐き出した。
振り返り、私はまた船長室へと向かう。もう何十回かの救難信号出しに。そして、私の心が崩れないように、またあの記憶を語りに。
そう決意し、窓から宇宙の深淵を眺めた時。
目の前が白い光で覆われた。
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