#5

「おはようございます」

 校門前で佇む美少女が俺に微笑みかけてくる。それに俺はいつものことながら、億劫に返事をした。

「……おう」


 連日続くやり取り。

 神楽咲は毎度変わらない笑顔で俺の隣に並ぶ。

 そうして彼女が歩き出したのを確認すると、近くに停まっていた高級車が走り出した。

 毎日送り迎えをしてもらっているようで、徒歩通学の俺としては少し羨ましかった。


 彼女が転校して来てから約一か月。

 俺たちの関係に大した変化はなく、今も隙あらば求婚され、俺はそれを断り続けている。

 ただし変わったこともあって。


 ガラリ、と教室の戸を開ける。すると賑やかだったその室内が、一瞬で静まり返った。

 とは言え俺たちが反応を示すのも変だろうと平然と入室する。

 だがそれでも、居心地の悪さは作り上げられた。


「人前でイチャつくカップルってホントキモいよねぇ!」


 世間話を装って、一人の女子生徒がこれ見よがしに声を上げる。

 別にカップルじゃないし、むしろ俺は付きまとわれて困ってんだけど……。

 なんて反抗は、空気を淀ませるだけなので心の中に留めておいた。


「皆様からはもう、恋人認定されているみたいですわよ? そのまま本物になりませんこと?」

「……お前、メンタル強いよなぁ」

「あら、何か気に病むことでも?」

「いんや」


 思わず浮かんだ苦笑にキョトンとする神楽咲を見て、俺はなんとなく安心し、今日も彼女と並んで席に座るのだった。


***


 放課後になると、神楽咲は真っ先にケータイを確認する。どうやらメールのチェックをしているみたいで、社長令嬢ともなれば、緊急の要件が入ることがあるのかもしれない。

 で、今日はそんな緊急の要件が入ったらしい。

 メール画面を開いた途端、神楽咲は勢いよく立ち上がった。


「申し訳ございませんわ! 今すぐ帰る用事が出来ましたので、今日はここで失礼いたします!」


 謝罪をするその表情には笑みが零れていて、よほどこれからの用事が楽しみなのだろう。彼女は断りを入れながらも、俺が何かを言う前にさっさと教室を出て行ってしまった。


「……」


 別に、一緒に帰りたがるのは神楽咲だし、何なら帰り道が正反対で彼女は校門から車に乗って帰っていくため、大して気にすることではないのだが。

 ……なんだか、一人の放課後は久しぶりだ。

 寂しいというわけではないが、少し物足りなさを覚えつつ、俺は早々に席を立つ。


 とその時。


 何やら視線を感じて顔を動かすと、あまり話した記憶のないクラスメイトがこちらを見ていた。

 三人の女子。確か以前、転校生を金持ちと知ってたかろうとしてきた連中だ。


「一人って珍しいじゃん」


 その内のリーダー的存在——相生あいおいが気さくに話しかけてくる。

 けれども当然、関わりの薄い彼女からの言葉は明らかに怪しく。

 十中八九、神楽咲について何か情報を聞き出そうという魂胆なのだろう。

 そう察した俺は、あえて皮肉で返す。


「あんたが俺に話しかけてくる方が珍しいだろ」


 すると相生の顔は一気に不機嫌になり、それを誤魔化すようなため息を吐いた。


「ハァ……。まーそれより、あんたんちって金持ちなの?」

「は? どういう意味だ?」


 問い返すと、話が長くなると見てか、相生は神楽咲の机の上に尻を乗せる。


「だってあの神楽咲と結婚するんでしょ? なら家柄が良いとかってことでしょ。親に決められた結婚とか」


 と言われてまあ納得した。普通ならそう考えるだろう。

 俺自身も以前に似たような推測をし、母親に確認したこともある。だがしかし、うちの家系に何か特別なステータスがありはしなかった。

 それは、あの転校生に聞いても同じだ。いつも『占いのようなもの』ではぐらかされる。

 相生の態度には腹立つものの、同じ思考を辿った者同士として、俺は律儀に真実を伝えることにした。


「別に普通だ。金持ちでもなければ超能力的な力を持っているわけでもない。どこにでもありそうな一般家庭だよ」


 超能力と言う単語で相生の顔が若干、腫れ物を見るみたく引きつった。いや、中二病じゃなくて単に例として挙げただけだからなっ?

 という焦りは杞憂だったようで、相生は話を進める。


「ふぅん、じゃあやっぱあの子が金持ちっていうのも嘘なんだ」

「あ? なんでそんな結論になるんだ?」

「いやそうでしょ。お金があるんなら、それなりに結婚相手も選べるのに、わざわざあんたなんかと結婚したいとか言うんでしょ?」


 あんたなんか、と指を差され、明らかに容姿をけなされていたが、強く反論することは出来ない。そりゃあイケメンという自覚もないし。いやでもちょっとは……。

 なんて少しの間黙ってしまうと、取り巻きの一人が顔をほころばせて思いつきを言った。


「あ。実は昔の知り合いでぇ、その時に結婚の約束したとかはっ? 幼稚園とかでさっ」


 それが正しいかどうか、答えを強制するよう、リーダー相生のキツい視線がまた俺に向く。

「……いや、そう言うわけでもない。初対面だ」

「なんだ違うんだー。そうならロマンチックだったのにぃ……」

 漫画とかで得た知識なのだろうか、思い付きを放った女子はガックリと項垂れていた。


 少なくとも、幼少期に仲が良かった面々は大体顔と名前は憶えているし、彼女と一致する人物はいない。


 ……それに、あの人とも容姿がまるで違う。


 一瞬フラッシュバックした記憶に気を取られていると、相生が嬉しそうに結論付けていた。


「じゃあやっぱ、嘘つきなんだよ」


 主語は言わなかったものの、文脈でなんとなく分かる。神楽咲に対して言っているのだ。

 けれど今までの会話から、その答えに辿り着くのは理解不能だ。

 それでもこの女子は、転校生の優位性をどうしても否定したいらしかった。

 だからこそ、決めつけてしまいたいのだ。


「そうだ、ロッカー漁ってみない? どうせボロボロな教科書ばっかだよ、入ってるの」


 更なる証拠を表出そうと、相生は教室の後ろにあるロッカーへと向かって行った。

 その手にはなぜか、ハサミが取り出されていて。

 一番端。転校してきたことで急遽空けられた予備のロッカーに歩み寄る。


 そこへ俺は割って入って、先にロッカーの中身を引っ張り出した。


「ん、見る限り新品だな。まあまだ一か月しか経ってないんだしそりゃそうか」

「……チッ」


 俺がわざとらしく言うと、相生は不機嫌そうに取り巻きを連れて去っていく。

 ……気さくに声を掛けてきたのに、別れの挨拶はないらしい。

 嘆息して、俺は手に取った教科書を眺める。

 今は新品だろうと、汚し、傷をつけるのは簡単だ。


「やることないしいっか……」


 俺はそれから自席に戻って、無駄な時間を過ごす。

 気づけば、最終下校のチャイムが鳴っていた。

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