#4

 ……神楽咲でベッドの会社ってことは、神楽咲寝具とかだろうか。

 授業中。俺は少し前のことを思い出しながら安易な推理をしていた。

 無論、まさか的中しているとは思いもせず。


 上級生にナンパされていたことから、転校生の噂はもう学校中に広まっているのだろう。まあ、彼女が注目されるのは仕方ない。

 美人だし金髪だし。

 それに社長令嬢と言うのだから、興味を持たない方が珍しい。

 などと浮かべながら隣席の神楽咲を観察していると、視線に気づかれニコリと返された。

 ある程度関わりを持てば、それが偽りの笑顔だと言うのは察しがつく。

 また変に絡まれないよう顔を逸らすと、俺の机の上に綺麗に切り取られたノートの切れ端が乗せられた。

 自席に戻っていく左手は、当然神楽咲のもの。

 彼女は視線で、切れ端を読め、と催促してきていて、俺は内容に勘づきながらも一応従った。


『私と結婚してくださいませ。』


 やはり、予想通りの文言が全くの乱れなくつづられている。

 俺はため息を吐いて、そのまま切れ端を返却した。

 しかしまたも手紙は届けられる。


『あなたにも書いていただかなければ成立しないではありませんか。』


 その不満は、要求を無視したことと言うよりも、行為自体を受け入れなかったことに対するもののようだった。

 もしかしたら、金持ちだしこういった庶民的なやり取りに縁がなかったのかもしれない。


『よく知らない相手と結婚するつもりはない』


 仕方なくお嬢様の遊びに付き合うことにして返信を書く。

 送り返された紙切れに文字が書かれてあるのを見て、彼女は満足げだった。


『それでは、これを通じてお互いを知りましょう。』


 相変わらずああ言えばこう言うな、と呆れつつも、俺は秘密の会話を続けた。


『授業前に言ってた占いって何のことだ? なんで結婚しないといけないのか聞けないとお前の要求は引き受けられない』

『詳しい事はお話出来ませんが、私の家は、その占いのようなもので過去に事業を立て直したのです』


 当時の俺は当たり前に知らないが、一五年ほど前の神楽咲寝具は倒産寸前まで落ちぶれていたらしい。けれどそれ以降から急に業績を盛り返し、戦後から続く歴史ある名前を残しているのだった。


『それで、その占いのようなものってなんなんだよ』

『そこがお話し出来ない部分ですわ。出来れば、そういった者を我が家が抱えているという事も忘れて頂きたいです。』


 企業秘密、と言うやつなのだろうか。

 しかし若干オカルトじみた内容に、俺は思わず心配を覚えた。


『それ、うさんくさいやつじゃないのか?』


 占いから連想して、なんらかで騙されているのではと勘繰った俺だったが、どうやらそれは、彼女の地雷を踏んだみたいだった。


『信じて頂けないのであれば結構です。私ももう話すつもりはありません。』


 どこか苛立ちの滲む筆跡。

 それを気まずい気持ちで読みながら隣席を窺うと、神楽咲はもう返信を期待していないかのように板書を写していた。

 ……何か、返すべきだろうか。

 失敗を反省しつつ悩む。

 けれど結局何も書けないまま、授業は終わりを迎えた。

 日直の号令で席を立たせられ、教師に一礼。それを終えると途端に教室内は騒がしくなっていく。

 もうコソコソ書面でやり取りする意味もなくなり、とりあえず神楽咲に謝っておこうと顔を向けたのだが、しかし俺の視界は別の生徒によって遮られた。


「ねえねえ! 神楽咲さんって社長の娘ってホント!? どんな生活してんのっ!?」

「朝、リムジン乗って来てたもんねー。今度アタシらも乗せてよー」

「……理不尽なリムジン。面白くない? 面白くないかゴメン……」


 キャーキャーと群がる三人の女子。

 求婚のやり取りで距離を置いていたクラスメイトたちだったが、飛び込んできた噂に思わず声をかけたようだった。

 対する転校生は、いつもの微笑みを浮かべている。


「母が経営者なのは間違いありませんわ。ですが、皆さまとそう変わらない生活だと思いますわよ。それに、あの車はレンタルでして、いつも乗っているというわけではありませんの」


 淡々と、相手が興味を失うよう意図的に落とした声色で応える。

 それでも女子たちは察し悪く盛り上がっていた。


「リムジンってレンタル出来るの?」

「てか、ふつーがそーなんじゃない?」

「今なんでもレンタル出来るもんねっ」


 俺も抱いたような庶民的な疑問に納得をつけ、改めて三つの視線は神楽咲に向く。

 だが、注目の的は先んじて期待を潰しにかかった。


「言っておきますが、あなた方に分ける財産は所持していませんの。もちろん、時間もありませんので、どうか席にお戻りください」


「「………」」「……」


 放たれた冷たい言葉に、三人の女子は黙ってしまい「白けた」と散っていく。

 周囲で様子を観察していた他のクラスメイトたちも、どことなくぎこちない空気になっていて。

 けれどもそんなのは関係ないと、神楽咲は俺に向いた。


「ところで三付比良人さん。結婚相手に求めるものは何でしょうか?」

「は、はあ? いや、まあ、何だろうな……」


 淀んだ空気にあてられた俺は謝罪のことはすっかり忘れて、神楽咲の質問にそれとなく応答する。


 この日から俺と転校生は、教室の中で孤立するようになったのだった。

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