#3

 学校に着いてからも、やはり神楽咲の行動は変わらなかった。


「なんで逃げるのですかっ」

「追いかけられるからだッ」


 朝礼が終わり即座に教室を飛び出すも、追手はピッタリと後ろについてくる。

 教師に叱られてさえいなければ全力疾走で撒いていたのだが、教室を出る直前にも担任に睨みを利かされ、逃亡は早足で留めざるを得なかった。

 そして、俺と神楽咲の身長差は20㎝もある。悔しいことに俺の方がチビだ。

 故に当然足も長い転校生は、悠々と俺に追いつき左手首を掴んできた。


「足を止めてくださいっ!」

「止めるか!」


 掴まれても俺は諦めず、神楽咲を引きはがす勢いで強引に進む。


「と言うかお前は何なんだ! 結婚してくれとか、俺と会うの初めてだろ!?」


 俺がその疑問を投げつけると、息を切らしている神楽咲は「フンっ」と怒りを示すように顔を背けた。


「いいえっ、昨日から数えて二回目ですわっ」

「昨日は初めてだっただろ!?」


 面倒な言い回しに思わず足を止め怒鳴ってしまう。

 向き合う形になった神楽咲は、不服そうな表情のまま、改めて質問に対する回答を寄越した。


「……占いのようなものです。わたくしも別に、あなたと結婚したいわけではありません。ただ、あなたの側にいないと我が家は存続出来ないのです」

「はぁあ? なんだそれ?」


 意味が分からない、と更なる言及をしようとした、その時。

 ——ドンッ。

 俺の体は突然、何者かに突き飛ばされた。


「なあお前っ、一年に来たっていう転校生だろ?」


 壁際に押しやられ尻餅をつく俺は、頭上でその上ずった声を聞く。

 顔を上げれば、そこには見覚えのない男子生徒が三人いた。俺より体格が大きく、恐らく上級生だろう。

 彼らは神楽咲の前に立ちはだかり、まるでナンパを仕掛けているみたいだった。


「どういったご用件でしょうか?」


 先輩を前にしても神楽咲の声音は落ち着いている。だから余計、相対する先輩の緊張ぶりが際立った。


「えぇー……あっ、お前、社長の娘ってホントか?」

「……ええ。母は会社を取りまとめています」


「ほら、やっぱあのベッドの会社なんだよ」

「えじゃあ、仲良くなればタダで貰えるってこと?」


 質問する一人とは別に、取り巻きじみた二人が浮足立つ。その様子から、用件はまだ終わりそうにはなかった。

 そんな現状に、俺は好機を見つける。


 このままお三方に引き付けてもらって、その隙に逃げ出そう!


 意気込み立ち上がろうとしたのだが、しかし何故か俺の逃亡はグイっと阻まれた。

 よく見れば、左手首が掴まれたままじゃあないか……!


「いや悪いな。別になんてことはないんだけど、困ったことあったら俺を頼って良いぜ?」


 神楽咲の手を剝がそうと試みると、余計に強く握り込まれる。

 脱出に苦戦していると、上級生Aが神楽咲へと一歩近づき、間に挟まれる俺の目の前に股間が迫ってしまう。

 ……おいなんかこれ。

 嫌な気付きは呑み込んだ。俺たち思春期。


「なんなら連絡先交換しとこうぜー」

「オレもオレも! ベッド憧れてたんだ!」


 取り巻きも神楽咲を囲うように寄ってくる間、俺はまだ左手首を解放出来ない。なんでコイツ握力だけは強いんだ!

 嘆きながら、ならもういっそこのまま、と立ち上がろうとした瞬間、俺の体は意図せぬ方へと引っ張られた。


「お気遣い頂き光栄ですわ。ですがわたくしにはこの方がいますので」


 左腕を抱き寄せられ、ナンパの盾として召喚されてしまう。

 すると当然、上級生たちの鋭い視線が俺に集中して。


「誰だこのチビ?」

「さあ?」


 いやお前ら、突き飛ばしたの気づいてなかったのかよ。やばいブチギレそう。

 とは言え、ここでキレ散らかせば厄介な展開になるのは必至。

 目障りな視線の中、どうにか荒れる心を静めていると、


 ——キーンコーンカーンコーン。


 タイムアップの鐘が鳴り響いた。

「やべぇ! 授業始まる!」

「ちょっ……!?」

 焦燥に駆られた俺は現状を放って、神楽咲を抱き着かせたまま来た道を引き返す。


「あ、行っちゃう! せめて枕ちょーだいよ!」


 神楽咲に向けて先輩の一人が叫んでいたが、無視をして教室へと急いだ。


「……あまり走りますと疲れますわ」

「走らねぇと間に合わねぇぞっ」


 不満を漏らす神楽咲は既に俺から手を放していたが、一人置いていくのも気分的に微妙だったから、今度は俺が彼女の手首を掴み走っている。

 ……こいつにも、色々事情があるんだろう。

 一度の質問でそれだけは分かっていて。

 そのせいか、苛立ちは不思議と収まっていた。

 とは言え、安易に要求を呑むわけはなかったが。


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