第1話「神楽咲咲」

#1

 中学生になって、二週間が経った頃だった。

 ゴールデンウィークは目前。けれど計画を立てるにはクラスメイトとの親交度が足りない、そんな時期。


 転校生がやってきた。


 不自然なのは当時の俺でも分かった。

 なぜ入学ではなく転入なのか。二週間ズレた理由は。前の学校を去ったのはどうして。

 疑問は次々に浮かんだ。まだ見慣れない担任の説明を聞きながら、廊下で待機しているという人物への興味は膨らんでいく。

 教室内は、ポカンとした空気と浮足立つ空気で半々ぐらいだった。

 俺と同じように違和感を抱く者もいれば、関係なくイベントと楽しむ者もいる。


「入ってきなさい」

「はい、失礼いたします」


 第一声の印象は、妙に大人びている、だった。

 親でも同伴しているのか。そんな推測を浮かべてしまうぐらいに、凛と芯の通った声音。

 だが当然に、入室するのは一人だけ。

 女子だ。

 既に制服は我が校の物で、すらっとした手足に170㎝近い背丈、メリハリのあるボディラインと感情を制御した表情は、やはり同い年には見えなかった。

 中学生にしてほとんど完成されたその容姿に、誰もが釘付けになっている。

 そして、何より目を惹いたのが、金色の髪。

 背中で揺れるその一本一本が美しく光を広げ、彼女の存在をより際立たせている。

 染めているというわけではないだろう。見れば、鼻筋や肌の色からも、海外の血を強く感じた。

 転校生は教卓の前で足を止めると、クラスメイトを見渡して口を開く。


神楽咲咲かぐらざきさきと申します。これからどうぞ、よろしくお願いいたしますわ」


 流麗な挨拶の後、担任が事情を説明する。

 と言っても大した情報はなく、家庭状況の関係で急遽こちらへやってきた、という程度しか語られない。

 その説明の中ふと、俺は隣席が気になった。

 そこは空席だ。

 なぜか昨日、突如席替えが実施され、端に追いやられた俺の右隣。思い返せばわざわざ列数も変えて、一席増やされていたのだった。

 それは恐らく仕向けられていて。

 そしてその憶測を証明するように、教師が空席を指差した。


「それじゃあ席は、奥の空いてる所な」

「はいっ」


 その返事だけ、他と違い緊張しているように聞こえたのは、俺だけらしかった。

 転校生が隣席の椅子を引く。

 その最中に彼女は、俺に向けてニコリと微笑みかけてきた。


「お隣、よろしくお願いいたしますわ」


 愛嬌の込められた仕草に、思春期の俺は思わずそっぽを向く。

 けれども異性に照れたという事実は隠したくて、「おう」と平静を装ってぶっきらぼうな声を投げ返した。

 転校生の紹介が終われば、いつも通りホームルームへと移った。

 とは言え、数人の生徒は未だ興味を残していて金色の髪を眺めている。

 それは俺も同じだった。でも、興味と言うよりは疑念だ。

 胸に居座る違和感。その正体を探りたくて、それとなく隣に視線を向ける。

 するとその違和感は、さらに膨らんだ。


 じっ、と。


 転校生は、不気味なくらいに俺を見つめている。

 それから俺の瞳に向けて、問いかけてきた。


三付比良人みつけひらひとさん、で間違いないですわよね?」

「そう、だけど……?」


 意図が分からずもとりあえず頷く。

 答えを聞いた転校生は、なぜか深呼吸を繰り返した。

 その様子をクラスメイトも注視している。こちらで会話が始まったと知ると、近い席の者へと報告し、注目は波紋のように広がった。

 四度の深呼吸を終えた転校生は、俺へと詰め寄る。

 そして、言ったのだ。


「わたくしとっ、結婚していただけませんでしょうかっ!?」


 抑えを忘れたその要求は教室中に響く。

 教師も含む誰もが、その意味を理解しようと静寂に囚われた。

 ただ、俺だけは、静寂の檻にいなかった。


「いや、無理」


 どういう考えでその答えに至ったのかはもう覚えていない。

 そもそも結婚と言う単語が耳に入っていたのかすら疑わしい。ただ、彼女の懇願を断ったのは確かだ。

 それは、思春期故の反抗心か。単純に好意を持てなかったのか。それとも、何かによる選択の誘導か。

 とにかくその反射的な思考は、静寂を破って教室中にいくつもの感情を渦巻かせた。


 結果、俺が卒業するまでの三年弱、このやり取りは語り継がれることとなる。

 加えて中学生活で友人が一人も出来なかったのは、この時のせい——咲のせいだと、俺は後に恨み言を吐くのだった。

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