Find me ~俺に近づく三人が明らかに怪しい。~

落光ふたつ

Prologue

 昼休みの教室。


「ところで比良人ひらひとさん」

 隣席で弁当を広げる同級生が俺の名前を呼ぶ。

「………」

 けれど俺は、無視をした。


 体感的に少数派なファーストネームはこの空間内には俺だけで、視線だって向けられているし他を疑う必要もない。

 ただ、続く言葉にウンザリしていたのだ。


「わたくしと、結婚しませんこと?」


 俺は盛大にため息を吐いて、懲りない彼女を一瞥する。

 神楽咲咲かぐらざきさき

 スタイル抜群。容姿端麗。髪はゴールデン。

 と見た目だけでも目を惹く彼女だが、家柄もそれに相応しいもので。

 言動には上流階級で戦う術が込められており、食すランチは一品だけでも我が家の昼食費用を軽く超えている。


「無論、わたくしと結婚していただければ、これ以上の食事を約束いたしますわ」


 思わず動いた視線から羨望を読み取ったのか、高級食材群を見せつけてくる。

 もう四年。

 初めて出会った直後から始まる求婚は、今日も変わらず続けられていた。


「いいえ失礼いたしました。お母様の愛のこもったお料理を超えるものなど、あるはずがございませんでしたわ……っ」

 深く反省するように項垂れ、そして咲は拳を握って宣言する。

「ですので、お母様を金銭で抱き込みますわっ!」

「ほぼ冷凍食品だよッ!」

 見当外れな解釈に冷えた弁当の中身を見せつけるも、キョトンと首を傾げられる。

「でしたら、冷凍食品会社を抱き込めば良いですの?」

「…………やめろ」

 冗談のように聞こえても彼女なら実行しかねない。金持ちとはそう言う奴らなのだ。

 解消出来ないストレスに頭を悩ませていると、また一つ、鬱憤の原因がやってきた。


 ——ダンッ!


 俺の机が、何者かによって強く叩きつけられる。

 衝撃で僅かに浮いた弁当箱の無事を確認してから、俺は机を突く右手の主を見上げた。


「今日こそは、分かってるよね?」


 視線を受けるなり、その女子は高圧的に告げる。

 夜風繋よかぜつなぎ

 ミディアムボブのヘアスタイルに平均的な体格。穏健に見える垂れ目が、今は威嚇するように睨んできている。

 派手過ぎず地味でもなく。クラスの中心ではないものの、女子からの信頼は厚い、そんな存在。

 一方、男子との関りは薄く。

 だというのになぜか、彼女は他クラスからわざわざ、俺の席の前までやってきていた。


「今日こそはついてきてもらうから」

 神妙な命令口調に、俺はまたかよと思わざるを得ない。

「……それで、何する気なんだよ?」

 鬱陶しく思いながら半目を向ければ、途端に夜風の顔色が変わった。

「い、言えるわけないじゃんっ!」

「言えないようなことされるのについてくわけねぇんだよ!」


 毎度変わらない返答に、俺は溜まった怒りをぶつける。すると一瞬、教室中の注目が集まったが、既に日常の一部であるこのやり取りに、皆はすぐに興味を失った。

 そしてこの後も定型だ。

 俺が反発すれば、夜風はいつも子供のように駄々をこねる。


「とにかくついてきてよぉ!」

「だ、か、ら! 目的を語れって、言ってんだろぉがよッ!」


 どれだけ問い詰めても夜風は真意を語らない。断固として口を割らず、ついてこいの一辺倒。

 俺の方も意地になっているのだろう。最初はそこまでこだわっていなかったのだが、ここまでくると怪しさも爆発してくる。なら最低限の安全が保障できなければ交渉の余地はない。

 結果、押し問答に成果はなく。涙さえ滲ませている夜風に、傍観者である咲も呆れて口を挟んだ。


「夜風さん、あなたもそろそろ懲りた方がよろしいと思いますわよ? 比良人さんはこの通り、頑固なお人ですし」

 俺からしたらお前もだよと言いたいところだが……

「てか別に、公衆の面前で言えって言ってるわけじゃなくてだな」

 と、俺が提示した譲歩は、やはり強引に遮られる。


「ああもうっ! いいから来てよッ!」


 左手首を捕まえられ、無理やりに引っ張られた。

 けれど俺も男。そう簡単に女子の力に負けるほど貧弱ではない。


「ちょっ!? なんで抵抗するの!?」

「……あのなぁ、こんな強硬手段取られたら、余計ついてくわけないだろ……」


 諭しても夜風は聞く耳を持たない。

 片手では無理だと判断してか、今度は両手で握り体全体を使って俺を引きずろうとするが、当然俺もそれに抵抗するべく踏ん張る。


「あぁっ! わたくしの比良人さんが連れていかれますわっ!」


 状況が硬直していると、まるで茶化すように咲が右腕に抱き着いてきた。


「なにしてんだよ!?」

「愛しき人に抱きしめられていますわっ」

「お前が抱き着いてんだろ!?」

「だから、比良人さんが愛しき人に抱きしめられているんですわよ?」


 言葉遊びで得意げになる咲。しかも否定し辛い言いまわしで厄介極まりない。

 女子二人に両側から引っ張られているという状況は、文字だけ見れば両手に花と勘違いしそうだが、実際は単なる綱引きの綱にされている気分。

 そんな風にてんやわんやしていると、最後の一人をも呼び寄せた。


「ちょっとお昼買いに行ってる間に、随分と楽しそうだね」


 少し怒気が含まれたようなその言葉に、左手首の締まりが緩む。

 その瞬間に俺は夜風の手から脱出し、咲による拘束を押しのけた。

 俺が自由を手に入れている間に、その男は咲へと問いかける。


「神楽咲さん。そこ、ボクの席だよね?」

「あら、そうでしたか?」

「そうです」


 すっとぼける咲に、彼はまっすぐ言って自席を奪還する。正式なくじ引きで決められた、俺の右隣の席。

 そうして座った彼は、購買で入手した菓子パンを机の上に並べた。


 猪皮蒼いかわあお

 男子にしては少し華奢で顔立ちも中性的。物腰も柔らかだから、服装が違えば性別も間違えてしまいそうな美男子。

 一年次に余り者同士で俺とつるむようになった、割と本気でかけがえのない友人、なのだが。


 ここ最近、彼の視線が妙だった。


 蒼は席に座ってパンの包装を開けながらも、ずっと俺を見ている。

 そして俺が見返せば、慌てて取り繕った。


「な、何かなっ?」

「いや、そっちが見てたんだろ?」

「何でもないって! あははー」


 明らかに変ではあるが、実害はないから言及し辛い。

 この視線は学校外でも感じることがある。家の玄関先でふと振り返り、電柱に隠れる姿を見つけた時はさすがに恐怖を感じたものだ。

 正直、俺のストーカーなのではと考えるところもあって。けれど彼の介入によって救われる部分もあった。


三付比良人みつけひらひと! 覚悟してろよっ!」


 居心地が悪くなった様子で、夜風は捨て台詞を吐いて去っていく。

 これで少しは平穏となったな、と感じるも、その姿はまだ教室の扉の向こう、廊下から顔を覗かせていた。

 飯はいいのかと思いつつも、蒼がいる限りは近づいてこない。

 なので俺は、気にしては負けだと自分の飯に集中した。

 蒼に席を追われた咲は、前方の席を借りて、俺の机の上に弁当を置き直している。それから食事を進めていると、ポツリと蒼が問いかけてきた。


「やっぱり二人は、付き合ってるの?」

 するとこれ見よがしに、咲の瞳が輝く。

「そう見えるということはそうですわ! つまりこのまま結婚!」

「しねぇよ! 俺がこいつに困ってるのは見れば分かるだろ!?」

「けど、まんざらでもないような……」


 ジトリとした蒼の視線に貫かれ、うっと喉が詰まった。

 そりゃあこんな美人だし、それに付き合いも長い。惹かれない方が無理な話で、断っているのも、意地と時間の問題みたいなもので。

 なんて本音が口から出そうになり、慌てて封じ込めていたら。


「いでぇっ!?」


 ゴスッ、と背中に打撃を受ける。

 だが、振り返って見てもそこは無人だった。


「今、殴ったか?」

「? 殴ってないけど?」


 蒼に尋ねれば否定され。咲も同様だった。

 そもそも二人とも俺の視界に入っていたから、そんな挙動をしていなかったのは分かっている。

 じゃあ一体誰なんだ、と探していると、右隣の蒼が少し距離を縮めてきた。


「えっとさ。ボク、比良人くんのこと、もっと知りたいんだけど、さ」

 すると牽制するみたく、咲が間に入って。

「彼はわたくしの夫ですわよ」

 堂々たる嘘に、遠くの夜風は歯ぎしりを立てていた。

「イチャイチャしやがって……!」


 三者三様の思惑に当てられて、俺はたまらず天井を見上げる。

 ……本当、何なんだよ。

 胸の中にわだかまるストレスは、日に日に重くなって、俺の頭にのしかかる。


 答えは、いつか見つかるのだろうか。

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