毛糸の家

@chased_dogs

毛糸の家

 あるところに男の子と女の子がいました。

 二人は冒険が大好きで、いつも家の近くを探検していました。


 あるとき、男の子と女の子は家の近くの小さな雑木林を抜けて、細い隧道トンネルを潜り、海の方へ出掛けました。

 その途中、崖の上にふわふわと風にそよぐ家があるのを女の子が見つけました。


「見て、毛糸の家!」

「どこ? あれのこと?」

「違う違う、右のじゃなくて、もっと上の!」

「えっ、だからあれでしょ。あの赤い屋根の家」

「そう、それなの!」


 男の子と女の子は互いに顔を見合わせると、崖の上へ行ってみることにしました。


「ごめんください」

 男の子と女の子が門の前で呼びかけましたが、返事がありません。

 男の子が呼び鈴を鳴らそうとしましたが、呼び鈴は毛糸でできていてちっとも鳴りません。

 そうしているうちに、女の子が門を開けて入ってしまいました。当然、門には錠が下りていましたけれども、これも毛糸でできていましたので、ちょっと押せば簡単に開いてしまうのでした。

「あっ、待ってよ!」

 男の子が慌ててついて行きます。


 門の中は毛糸でできた砂利で舗装されていて、その脇には毛糸の草花が植えてあります。少し歩くと玄関扉に着きました。

「ごめんください」

 男の子と女の子は扉をノックしながら呼びかけましたが、返事がありません。玄関扉も毛糸でできていて、ノックしてもちっとも音が鳴りません。

 それで二人は扉を開けて中に入ってみることにしました。当然、玄関扉にも錠が下りていましたけれども、これも毛糸でできていましたので、ちょっと押せば簡単に開いてしまうのでした。


「お邪魔します」

 呼びかけましたが返事がありません。中の様子を窺ってみますと、扉が三つと二階へ続く階段が一つ、それと玄関脇に帽子掛がありました。扉や階段の傍には毛糸の燭台があって、毛糸の火が辺りを照らしています。

 二人は一つ一つの扉を開けて、中を調べてみました。

 一つは倉庫になっていて、色とりどりの毛糸の瓶が積まれていました。

 一つは食堂になっていて、長いテーブルに椅子が幾つも並べられていました。

 もう一つは衣装部屋になっていて、真っ白な寝袋のようなものが部屋中に吊り下げられていました。

 最後に二人は階段を登ることにしました。階段は毛糸でできていて、一段登るごとにたわんで家中が揺れるようでした。


 さて、二階に着きますと、目の前に寝室がありました。寝室には大きなベッドが二つ、それから小さなベッドが二つありました。

「四人家族だ!」

 男の子が言いました。

 それから二人は隈なく二階も探検し終えると、また寝室へ戻ってきました。熱心に探し回りましたので、二人ともくたくたです。

 女の子が、少し疲れたから一休みして帰りましょう、と言うので男の子もなんだか眠くなり、二人は小さなベッドで眠ることにしました。


 どれくらい眠っていたでしょうか。外が暗くなり、夜の瞬きが部屋中にやってきた頃、男の子と女の子は目を覚ましました。

「もうこんな時間!」

 二人は布団を剥いで出ようとしましたが、毛糸の布団が身体にしっかり絡まって動けません。

 力いっぱい手足を動かして痛いほどでしたが、ビクりともしないのです。

 それから二人は大声で叫びましたが、毛糸が音を吸ってしまって、ちっとも響きません。

 夜はどんどん濃くなって、二人は悲しくなって泣きました。


 さて、その間、二人の両親は何をしていたのでしょうか。お父さんとお母さんは、夕方過ぎになっても男の子と女の子が帰ってこないので、だんだんと心配になってきました。

「迷子になっているかも知れない」

 お父さんが言うと、玄関のドアがバタリと返事をしました。


 お母さんは家の近くの小さな雑木林を抜けて、細い隧道を潜り、海の方へ向かいました。

 その途中、崖の上にゆらゆらとうごめく影を見つけました。

 お母さんはなんだか気になってその影の方へ向かいました。


 影はあの毛糸の家でした。

「ごめんください」

 お母さんは門の前で呼びかけましたが、返事がありません。

 呼び鈴を鳴らそうとしましたが、ちっとも鳴りません。

 仕方がないので、門を開けて入りました。門には錠が下りていましたけれども、ちょっと押したら簡単に開いてしまったのでした。


 門の中は毛糸でできたタイルで舗装されていて、その脇には毛糸の灯籠が並んでいます。少し歩くと玄関扉に着きました。

「ごめんください」

 お母さんは扉をノックしながら呼びかけましたが、返事がありません。玄関扉も毛糸でできていて、ノックしてもちっとも音が鳴りません。

 仕方がないので、扉を開けて中に入ってみることにしました。玄関扉にも錠が下りていましたけれども、ちょっと押したら簡単に開いてしまったのでした。


「お邪魔します」

 呼びかけましたが返事がありません。中の様子を窺ってみますと、扉が四つと二階へ続く階段が一つ、それと階段脇に魔除けの像がありました。扉や階段の傍には毛糸の燭台があって、毛糸の火が辺りを照らしています。


 お母さんは一つ一つの扉を開けて、中を調べてみました。

 一つは衣装部屋になっていて、色とりどりの寝袋のようなものが部屋中に吊り下げられていました。

 もう一つも衣装部屋になっていて、色とりどりの寝袋のようなものが部屋中に吊り下げられていました。

 その次の部屋も、その次の部屋も衣装部屋になっていて、寝袋が所狭しと並んでいました。

 最後に階段を登ることにしました。階段は毛糸でできていて、一段登るごとにたわんで家中が揺れるようでした。


 さて、二階に着きますと、目の前に寝室がありました。寝室には大きなベッドが二つ、それから小さなベッドが二つありました。

 大きなベッドの布団を剥いでみますと、中身は空っぽでした。

 小さなベッドの布団を剥いでみますと、中には人形が入っていました。

 お母さんは人形を見て、なぜだか見覚えがあるような気がしましたが、考えるほどに眠くなってしまい、分かりませんでした。

「ふぁ」

 小さくあくびをすると、お母さんは大きなベッドの中へ吸い込まれるように横になり、そのまま眠ってしまいました。


 お母さんがベッドで眠っている間、お父さんは心配になって後を追いかけていました。

 一階の倉庫や食堂や衣装部屋や書斎を隈なく調べ、それから二階へやってきました。一部屋一部屋改めて行き、最後に寝室へやってきました。

 寝室には大きなベッドが二つと、小さなベッドが二つあります。

 大きなベッドの一つは空っぽでしたが、あとのベッドには人形が一体ずつ入っていました。お父さんにはどれもなぜだか見覚えがありましたが、分かりません。

 ほとほと困り果ててベッドに腰掛けると、なにか硬いものの上に座りました。驚いて振り向き布団の中を見てみると、それは大人の女性の足のようでした。足は人形から生えていました。

 他のベッドも調べてみますと、やはりどの人形からも人の足が生えていました。よく見て触ってみますと、それは確かに自分の子供の足のようでした。


 お父さんは急に怖くなりました。急いで人形たちを抱えて毛糸の家から出ていきました。

 お父さんはひたすらに走りました。風に晒され、手に持つ人形の足首はどんどんと冷たくなっていきます。隧道を抜けて、雑木林を抜けて、家の前までやってくると、

「戻ってきたよ、もう大丈夫」

 と人形たちに呼びかけました。けれどもちっとも返事がありません。

 見ると人形たちの糸はすっかりほつれて、足の先からは毛糸一本がたなびくばかり。風がビョオと吹くと、ふつりと糸が切れ、夜の空へ舞い上がってゆきました。

 お父さんはただそれを見るばかりでした。

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