003


 まさか日程がここまでずれているとは思ってなかった。私もおじさんも、どちらかというとのんびりしてる性格だし、日付を確認できるものがないとうっかりしてしまう……。特に、山を越えるのに洞窟の中を何度か通ったのも大きい。日が出てるのか沈んでるのかもわからないし、洞窟内で野営もした。日付のずれはおそらくこの辺で発生したんだろう。


「……と、その前にまず住むところだよね」


 遅れなくてよかったし、早く着いたということは追い込みで勉強ができる。二週間もあれば、もうちょっと詰め込める。馬車の中じゃ本を読もうにも揺れて読みづらいし、長時間読もうものなら酔うし、そこまで勉強できなかった。アカデミーに入りたいと思ってから必死で勉強してきたけれど、どこまで何をやったらいいか正直わからなかった。おじいちゃんたちは「リオなら大丈夫だよ。自慢の孫だからね!」みたいなことを言って全然聞いてくれなかった。

 一応、うちのおじいちゃんもアカデミー出て先生をしてたらしいけど、だいぶ昔にやめてからずっと村にいるらしい。王都での生活より、村の生活のほうが良かったんだとか。まあ、おじいちゃんの気持ち、ちょっとはわかる気がする。街中を眺めてるだけで、たくさんの人が行き来しているのを見てるのは楽しいけど、ずっとこれだと疲れちゃう気がするし、何より緑が少ない。地元は自然に囲まれている……と言えば聞こえはいいけど、実際はいわゆる陸の孤島というやつだ。

 昔は近くに他の村もいくつかあったらしいのだが、若者は都会を求めて一人、また一人と出て行き戻らず、人口は減少。気付いたら村は森に飲み込まれていたそうな。うちの村にも、同じような他の村から流れてきた人たちもいるとかなんとか。

 そんなわけで、生まれ育った地元が森に飲まれて、なかったものにされるのは絶対に阻止したいところなので、どうにか良い解決方法が見つかればいいのだけれど。



「ここかな?」


 ガイドに書いてあった、アカデミー提携の宿屋のマークが書いてある。間違いなさそうだ。しっかりとした三階建てで、一階は食堂兼酒場、二階、三階は宿になっている。普段は冒険者などが宿泊しているが、入試の時期は学生専用になる。この宿はアカデミーが支払ってくれるのは宿代のみで、食事代は受験生に都度請求……18歳以下の学生さんはお酒NG。ふむふむ。

 通りのすぐ側だしアカデミーからも比較的近く、街のあちこちを周るにも行きやすい立地。食事代は都度とあるから、通常の食堂と同じ支払い方法なんだろう。他にも提携してる宿はあるみたいだけど……。

 決めかねていると、ぐぅぅぅ、とお腹がなった。


「そういえばもうお昼だなぁ」


 大通りには様々な屋台も並んでいて、歩いているだけでもお腹が空いてくる。見かけた食堂はどこも美味しそうな匂いがしていたし、ちらりと見た店内はどこも賑わっていた。どのお店に入っても美味しいに違いない。だって王都だし! しばらくお世話になるなら、ご飯も美味しいところがいいよね。美味しい食事は元気のもと!


「そうと決まればさっそく食べてみますか!」



 ――と、入ってみたはいいものの。


(たっっっっっっっっっっっっか!!!!!!!!!!)


 普段は冒険者が多く利用しているお店は、思っていたよりも明るい雰囲気で、店内も綺麗だ。冒険者や行商人、住民も利用しているようで、店内のあちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。でもうるさすぎず、店員さんたちも明るく可愛くて、何とも居心地が良くてここに決めてしまおうかなと思っていた。

 お冷と一緒に渡されたメニューを開くまでは。


 え? 何これ。

 一番安い定食が100ノルグ!? えっ?


 静かにメニューを裏返す。裏には何も書いてなくてよかった。

 いやいやいや。落ち着こう。見間違いかもしれない。

 深呼吸をして、もう一度メニューをひっくり返した。


 ダメだ。見間違いじゃなかった。

 ランチのほとんどが100ノルグと書かれていて眩暈がする。うちの田舎じゃ60ノルグ出せば一泊できて三食おやつ付きだよ!?

 さらに上のお値段もあるけど、何が書かれているのかもはやわからなくなってくる。数量限定、コーのヒレ肉ステーキ。何モノなのコー。


「お客様、お決まりですか?」


 困惑していると店員さんが注文を取りに来る。


「えっ!? えっと、その……まだ……」

「そうですか。ゆっくりでも大丈夫ですよ!」

「す、すみません……!」

「いえいえ。それじゃ、また後で来ますね!」


 にっこりと笑って店員さんが離れていく。居たたまれない。

 王都に来るまでに通ってきた村や町でも、ここまで高くなかった。100ノルグあれば二食は確実に良いご飯が食べられる。恐るべし王都価格。

 入った手前、何も注文せずに帰るのも……と思ったとき、右下がちらりと目に入った。


(こ……これだ!!)


 希望の光が見えた私に、「お決まりですか?」と声がかかる。お待たせしてごめんなさい。


「えぇと……今って飲み物だけでも大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫ですよ! 何になさいますか?」


 よかったー! ほっと胸を撫で下ろす。注文せずに店を出る理由を考える必要がなくなって本当によかった……。


「この『ブルーミントミルク』をお願いできますか?」


 右下にあった私の救世主。ブルーミントミルク。回復用ポーションに使われているブルーミントとミルクを合わせた、庶民が慣れ親しんだ味なドリンク。濃厚なミルクと、ブルーミントの爽快感が最高なんだよね。私も地元でよく飲んでいた。ミルクは毎日しぼりたてが飲めるし、ブルーミントは山で採り放題だった。

 作るのも簡単だし材料もシンプルなので、どこに行っても飲めるくらい定番中の定番だ。


「ブルーミントミルクですね。冷たさはどうされますか?」

「えっ……選べるんですか?」

「はい。冷たさも温めから、通常、キンキン、シャーベット状までできますよ。あと、めったにいませんがホットで頼むかたもいらっしゃいます」

「そうなんですね……」


 ホットなんて試したことなかったな……ブルーミントミルクは冷たいものって印象があったけど、寒くなったら飲んでみようかな。ともかく今気になるのは――


「シャーベット状でお願いしてもいいですか!」

「はい。少々お待ちくださいね」


 私は小さい頃からアイスが大好きだった。というのも、地元、何度も言うが本当に何にも無い。

 他の村との交流もほとんど無いから、お菓子が入ってくること自体少なかった。おばあちゃんたちが焼き菓子を作ってくれたりしたけれど、素朴すぎる味だったり、焼きすぎてガチガチになってたり。たまに行商人のおじさんが持ってきてくれるようなお菓子は基本的になかった。昔、他の地域のお菓子の美味しさに感動してお菓子職人を目指したお兄さんがいたけど、村ではそこまで売れなくて結局他の街へ行っちゃって戻ってきていない。

 ミルクや果物はたくさんあったので、お手軽なアイスやシャーベットを出されることが一番多かったというのもある。おばあちゃんたちが作ってくれるのはシンプルなミルクアイスか、果物のシャーベットくらいだったけど、美味しかったなあ。


「お待たせしました~!」

「えっ、早い!」


 懐かしいな……と思ったところで、半透明のグラスに入ったブルーミントミルクが到着した。ふわりと風に乗ってミルクとブルーミントのさわやかな香りが漂ってくる。


「美味しそう~!」

「ふふっ、うちの店は氷魔法が得意な子がいるんですよ。だからスピードには自信があるんです。あ、もちろん味もですよ?」

「氷魔法……! なるほど……じゃあ冷たいうちにいただきますね!」

「ごゆっくりどうぞ~」


 店員さんはストローとスプーンの両方を持ってきてくれていた。まずはスプーンで上のほうをすくって食べてみよう。

 右手にスプーンを持ち、左手はグラスに添える。グラスもかなり冷たくなっている。

 ぱくりと口に含むと、最初にブルーミントの爽やかさが駆け抜ける。口に入れたときはちょっとブルーミントが強いかなと思ったけど、すぐにミルクの濃厚な風味が追いかけてきて、ちょうどよくなる。ブルーミントは苦味が強く出ることも多いけど、これはミルクと一緒になっても、しっかりとした甘さを感じる。つまり最高。今までただ飲むだけだったブルーミントミルクだけど、この食べ方はもっと早く知りたかった。村に帰ったら広めよう。


 気付いたらあっという間になくなっていた。ストローは使わず、スプーンで食べきってしまった。溶ける間もなかった。飲み物じゃない。これはもうデザート枠でいいと思う。

 しかし一般的に割り引かれてることが多いランチタイムのお値段でこれとなると、ここに宿泊するのは少し――というかかなり財布が厳しい。一泊分ならちょっとお高いなー、で済んだかもしれないけど、毎食分支払うとなるとかなりつらい。これが王都価格なのか。

 でももう着いてしまった以上、試験までの二週間どうにかしなければ。

 もしかしたらここはグレードの高いところで、もっと庶民的なお値段のお店もあるかもしれない。あるはず。だって王都は広いから。言い聞かせてもらったガイドマップを開く。

 ここから他の提携宿屋の位置とルートを確認しているうちにお店が混んできた。お会計をお願いして、早々に出ることにする。


「お口に合いました?」

「とっても美味しかったです!!」

「ありがとうございます。よかったら、また来てくださいね。他の料理も美味しいので、ぜひ」

「あ、はい! またどれにしようか悩んで、お待たせしちゃうかもしれないですけど」

「構いませんよ。それと……違ってたらごめんなさい。入学試験で来た学生さんですか?」

「えっ、あ、はい」


 やはり王都民らしくない挙動だからすぐわかったんだろうか。


「やっぱり。さっきテーブルでガイドマップを見ていたでしょう? そうかぁ、もうそんな時期なんですね」


 うんうんと感慨深く頷く店員さん。そうそう、と思い出したように口元に手を当てる。


「もしまだ滞在先が決まっていないなら、今はまだうちも空きがありますので良かったらどうですか? と言っても、もう半分くらいは埋まっちゃってますけど」

「え? そうなんですか?」

「試験に来られる方は、事前に予約される方も多いですし……早めに到着して宿をとっておく方も多いので、試験までの日付が近くなるとどこも満室になっちゃいますね。中には一人一部屋じゃなくて相部屋で泊まれる宿もあるみたいですけど……かなり安いぶん、お値段相応って感じらしいです」


 そうなんだ。でも安くても知らない人と一緒になるのはちょっとなぁ……。


「でも、今ならまだ空きがあるところは多いと思いますよ。一週間前くらいが、一番見つけづらいかもしれません」

「そうなんですね……ありがとうございます!」

「いえいえ。別にうちじゃなくても構わないですし、いろいろ見て、落ち着くところが見つかるといいですね。うちにはたまにご飯でも食べに来てくれたらそれで構いませんよ」


 にっこりと笑う店員さんに別れを告げて店を出た。




 美味しかった……でも、高かった。


「40ノルグかぁ……」


 王都で二週間無事に過ごせるのか、だいぶ不安になってきた……。

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それじゃあ冒険しましょうか! N/A @N_Turedure

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