002
「さて……アカデミーは、っと」
もらったガイドマップは、地図というより小冊子。もはやガイドブックな気がする。表紙はシンプルなのに、達筆な文字で『アカデミー試験対策にぴったり!』とはみ出しそうな勢いで書かれた帯がついている。これ誰が考えたんだろう……。
表紙を開くと折り込みの地図がある。広げてみると結構大きい。王都の広さがよくわかる。ページは地区ごとに紹介されていた。試験期間中に泊まれるアカデミー提携の宿屋や、グルメ店など、読んでいるだけで時間が飛んでしまいそう。
「まっすぐ行って……噴水広場をパン屋のほうに……えぇと……」
この時期は街中に案内板が多いと言っていたし、いざって時は近くの人に聞けばいいか。
「歩きやすいな~!」
きちんと整備された石畳の感触に感動しながらアカデミーへの道をぽてぽてと行く。
この道を、歴代の卒業生も歩いてきたんだろうな。
アカデミーの学生たちは、アカデミーに隣接している寮に入るか、家から通うことになる。寮はご飯も美味しいらしいし、何より通学にかかる時間がかなり短縮される。こんなに広い街だ。寮に入れず、アカデミーまでかなり遠い地区からの通いとなると、片道でも結構な時間がかかりそうだ。でも、入寮できるのは一部の生徒のみと聞く。いままでどれだけ通いの生徒たちがこの道を通ったんだろう。時に走り、帰り道は同級生と笑いながら……そんな年季の入った石畳を一歩一歩踏みしめる。
寮に入れるかな……無理ならアカデミーに通いやすそうな家を探して借りるか、最初は宿か……その前に試験に受からないとなんだけど!
考えながら歩いていたら道を一本間違えたのか、道がどんどん狭くなってきた。
現在地の目印になりそうなものは――近くのお店の前に大きな斧のオブジェが置いてある。看板代わりのようで店名が書いてあるようだ。『ブッキャーのお店はココだよ』……。
「えぇと……ぶ、ぶ、ぶっきゃー……あ、あった。えーっとページは……」
ありがたいことに索引までついている。これを作った人、すごいな。
あ、あった。『ブッキャーのお店はココだよ』……ここまでが店名だったのか。
ぺらぺらとページをめくると、やたらと黒いページが目に付く。
『アカデミーを卒業することができれば仕事に困ることはないと言われている。それだけアカデミー卒という肩書きは世間で信用されている。実力ももちろんだが、人柄、精神、そういった全てを卒業生たちが積み重ねてきた努力の結果に他ならない。実際、要職に就いている卒業生も多く、王国騎士団長、魔術師、医師、研究職の第一人者など実に様々だ。それは、アカデミーのカリキュラムによるところが大きい。初年度は共通の科目を勉強するが、二年目からは自分の目指す目標や得意分野を優先的に学ぶことができる。まだ進路が決まっていない者も、自分に合った道を見つけていくためにアカデミーは支援を――……』
だめだ。
反射的にパンッと閉じてしまった。
「あ、ちがうちがう! えっと……何ページだっけ……」
びっしりと小さい文字が羅列してあると、どうにも頭が痛くなる気がする。
もう一度索引でページ数を確認して、ようやく本来の道に戻れそうだ。
「ここをまっすぐ行けば抜けられそう! …………ん?」
この辺りの路地はどうやら職人街らしい。アクセサリーや革製品など、加工職人たちの店が多く並んでいる。
「わ……きれいな石~!」
お店の窓から見えるように並べられた鉱石は、太陽の光にきらきら輝いて緑の光を淡く放っていた。
「ここ、石のお店かな? たくさん石が並んでる……」
窓から覗くと、お店の中にはたくさんの鉱物が並んでいた。
「ちょっと気になるけど……う~ん……」
ちら、と扉を見ると『CLOSED』の文字。
ちょっと残念だったけど、また今度来よう。お店の場所もわかったし、こういうこともあるからちょっと迷うのも悪くないんだよね。
さっそく行きたいお店が増えたことにテンションが上がってきた。アカデミーへ向かう足取りも浮かれて軽くなる。鼻歌交じりに進んでいくと、ようやく目的地が見えてきた。
「でっっっっっっっっっっか!」
ついにアカデミーの入口まで来た。おっきい。めちゃくちゃ大きい。思っていた以上の大きさだ。城壁も大きくて驚いたけど、この建物自体がかなり大きい。たぶん城壁よりも高いと思う。
全然人がいないし、もしかしてお城のほうに来てしまったのではと思ったけど、入試の立看板は出てるし、こっちに歩いてきたアカデミーの門番さん(だと思う)に、「アカデミー入学試験の受験者の方ですか?」と声をかけられたから、本当にこの大きな建物がアカデミーなんだろう。
「……ああ、はい。たしかに受験者の方ですね」
受験票を見せると、門番さんの表情がやわらいだ。
「はい。ええと、それで、試験はどこに行けばいいのでしょうか?」
「そうですね……私もまだ詳細は知らされておりませんので……」
「え、そうなんですか?」
「はい。何せまだ時間がありますので」
「え? あれ、今日が試験の日では……?」
「今日……ではないですね。こちらにいらした今年の受験者は、あなたが一人目ですよ」
「え?」
あれ? と混乱して慌てて受験票を確認する。日付は――
「ああほら、ここに記載がありますでしょう? 試験は再来週。ちょうど二週間後の朝からですね」
ああ。そういえば、長旅は途中でトラブルがあって旅程に遅れが出ることもあるから、早めの予定で行くことになって……そこからは一ヶ月以上村から村へと移動してたから、だんだん日付が曖昧になって……。曜日の感覚だけは残っていて、そこが一致していただけで、日付を二週間も前倒しで勘違いしていただなんて!
「あっ、す、すみません……! 遠くから来たもので、そのっ、曜日は覚えていたんですけど、日付が曖昧でっ!!」
「いえいえ。遠くからいらしてる方にはよくあることですので。むしろ到着が遅れなくてよかったですよ。開始時間の点呼に間に合わないと、その時点で不合格扱いとなってしまいますので」
そういえばそうだった。そこを読んで、慌てて出発を早めたんだった。
今日はやたらと恥ずかしくなってばかりいる気がする。田舎者ですみません……。
「えと、すみません……ありがとうございました……」
「いえいえ。それでは二週間後にまたいらしてください。お待ちしていますよ」
そそくさとその場を立ち去る。
営業スマイルを崩さない門番さんの笑顔がつらい。
二週間後……いきづらいなぁ……。行くけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます