さっそく試験に挑みましょう
001
「着いたぁ~……!!」
それにしても村から王都まで、長い旅路だった。知り合いの行商人のおじさんの馬車に乗せてもらって、無事に王都まで来ることができて本当にラッキーだった。
「揺れない地面……! おしりの痛さとも今日でお別れ……待ってろ学園生活ー!!」
クスクスと笑い声が聞こえてきてハッと我に返る。そうだった、ここは村じゃないんだ。叫んでも耳が遠いおじいちゃんたちばかりの地元とは違うのだ。到着早々やってしまった恥ずかしさに赤くなる頬をぺちぺちと叩いて気合を入れなおす。
「よし、まずは受付だね!」
ぐるりと城壁で囲まれている王都には、通行許可証がないと入ることができない。冒険者や商人などギルドから発行される許可証を持っている人たちや、もともとの住民は許可証を持っている。それ以外は通行料を払うか、一時通行許可証を見せなければならないのだ。冒険者でも商人でも王都の住民でもない私は、本来は通行料を払わなければ王都内に入ることはできないのだけれど、アカデミーの入学試験の受験票と一緒に通行許可証が届いている。おじさんに聞いていなければ、事前に届いていた許可証の存在を忘れたまま王都に入ろうとして怒られていたかもしれない。
カバンを置いて封筒を取ろうとしたところで「道の真ん中で邪魔だよ! 端でやりな!」と後ろから怒鳴り声が飛んできた。大きな荷車を引いた一団が、すぐ後ろに立っていた。かなり身長が高く、威圧感がすごい。すぐに謝って端へ移動した。
通り過ぎていく彼らをよく見たらあちこち怪我していて、服もところどころ破れている人もいる。きっと冒険者だろう。仕留めた重そうな魔物が荷車に乗っている。冒険者や騎士団が周辺の魔物を討伐してくれているおかげで、住民は安心して暮らせるのだ。ありがたいなと思いながら、ゴトゴトと音を立てて運んで行くたくましい背中を見送った。
ようやく取り出した許可証入りの封筒は端が折れてしまっていた。
並んだ列の横を許可証持ちの人たちがぞろぞろと通っていく。王都は人が多いとは思ってはいたが、本当に多い。村の人口の何倍もの人数が途切れることなく行き来しているのを見て、私は思わず前に並んでいた人に声をかけた。
「あ、あの~、今日って何かあるんですか?」
さらりと黒髪を揺らして前の人が振り返る。海の底のような、吸い込まれそうな深い青の瞳と視線が合った。男の人は不思議そうな顔で私を見た。
「何かって?」
「いえ、人が多いから、何かお祭りとかあるのかな~と……」
「え? いや特になかったと記憶しているが……ああ、もしかして王都は初めてだろうか?」
「……お恥ずかしながら初めてです。田舎から出てきたばかりで」
「君くらいの年齢ならば、王都に来たことがなくとも恥ずかしがることはないと思う……と、女性に年齢の話を持ち出すのは失礼に当たるのだったか。すまない」
「いえいえ! まだ女性って言えるほどの年でもないですし! 気にしてないです!」
深々と頭を下げる彼を見て、慌てて頭を横に振る私。でも、いや、とお互いに終わりそうにないので、無理やり話題を変えることにする。
「それにしても、王都って本当に人が多いんですね」
「そうだな。だがこれでも今日は少ないほうだ」
「えっ、そうなんですか!?」
「ああ。この列も普段はもっと長く伸びている。お互い良い時に来たな」
並び始めて数分の間だけでもかなりの人が行き来している。いったい城壁の中にはどれだけの人がいるのだろう。考えただけでもワクワクが止まらなくなってくる。
王都の話をしているうちに、あっという間に順番が近づいてきた。
城壁を抜けるように作られた奥行きのあるそこには、小さな部屋がいくつか並んでいた。呼ばれた順に部屋に入っていくようだが、誰も出てはこない。その部屋を経由しないと、王都側へは出られないようになっているのかもしれない。
「次の――げっ……トラッドおまえ~、また失くしたのかよ~!」
「すまん、またよろしく頼む」
扉から出てきた担当者が彼を見て呆れた顔をした。どうやら顔見知りらしい。
軽く世間話をしていたものの、彼の名前を聞いていなかったことに気付く。
「あっ、あの!」
彼は部屋へ入ろうとして立ち止まり、こちらへ戻ってきた。
「すまない、名乗るのを忘れていたな。俺はトラッド。灯台守をしている。定期的に王都にくるから、また会うこともあるだろう」
「こちらこそ名乗らずすみません! 私、リオって言います。今日はいろいろ教えてくださってありがとうございました!」
「それじゃあ」
お辞儀をすると、彼は担当と一緒に部屋へと入っていった。
パタンと扉が閉まるのとほぼ同時に、奥の扉が開いて「次の方どうぞ」と呼ばれた。私の番だ。
部屋へ入ると、外から見えていたよりも広い印象を受けた。
「こちらへおかけください」
向かい合った椅子に座ると、「さっそくですが」と女性は言った。
「王都は初めてですか?」
「あ、は、はい」
「今回はどのようなご用件で王都に?」
「えっと……アカデミーの試験を……」
「ああ、入学希望の方ですね。受験票は届きましたでしょうか? ご一緒に特別通行許可証が届いていたかと思いますが」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってください。今出します!」
わたわたと封筒から中身を取り出す。受験票と通行許可証、試験の説明書なども全部まとめて封筒に入れていたので、焦って取り出してそのまま全部渡してしまった。
「お預かりしますね――こちらと……それからこちらは大丈夫ですので先にお返しいたしますね」
「あああ、すみません!」
後で読んでねと言われ、封筒に入れておけば忘れないだろうと一緒くたに突っ込んだおじいちゃんからの手紙も、一緒に出してしまっていた。
うう……恥ずかしい。
「――――はい。大丈夫ですね。書類は問題ありません。しまっていただいて構いませんよ」
「あ、ありがとうございます!」
「では、滞在中はこちらの貸し出し用通行証をお使いください。特別許可証に記載されている終了日が返却予定日となりますのでご注意を。それと、もし滞在期間中に一時的にでも街を出ることがあるようでしたら、またこちらに寄っていただけますか?」
「わかりました」
受け取った通行証は青い低級魔石だった。身に着けられる形に加工されていて、首から提げるもよし、カバンや腰につけるもよしといった感じだ。自分だけの通行証を購入してアクセサリーに加工している人もいるらしい。ちなみに私のは貸し出し用なので、もちろん加工は不可。紛失すると魔石代弁償、再認可の手続きになるらしい。使われているのは低級魔石みたいだけど、中にかけられている魔術のせいで、そこそこなお値段がすると聞いて背筋がぞわぞわした。失くすと怖いので、紐を通して首から下げることにする。
「詳しく教えてくださってありがとうございました」
「いえいえ。あ、そうそう。王都が初めての方に――特に受験でいらした学生さんたちにこちらのガイドマップをお配りしているので、よかったらぜひお持ちください」
「マップ……」
「この街は広いですからね。端から端に行くまで、かなり時間がかかってしまいますので。迷子にならないよう十分お気をつけくださいませ」
きらりと彼女がかけていた眼鏡が光った気がする。きっと毎年受験生の誰かは迷子になったりするんだろう。私も方向音痴とまでは言わないけど、道に慣れるまで時間がかかるからしっかり覚えないと。
お出口はあちらです、と示された先は部屋の奥の扉だった。入ってきたときはなかった気がするんだけど……たぶん気のせいだろう。
「あの、地図、ありがとうございます!」
「いえいえ。アカデミーの試験は大変だと思いますが、頑張ってくださいね」
「は、はい!」
扉の向こうは、ついに夢見た王都が待っている。心臓がバクバクしてきた。
カチャリと扉を開ける。とても眩しく感じたのは、出口付近が少し暗かったせいだろう。
眩しさに細めていた目が明るさに慣れてくる。ハッキリしてきた街並み。しっかりと整備された石畳。そこを忙しなく行き交う人々。焼きたてのパンの匂い。通りにぎゅうぎゅうと並ぶ店。きらきらと輝くアクセサリー。冒険者の装備品のガチャガチャとした音。あちこちから聞こえる人々の会話。
「ふわああぁ~~!」
私はついに王都に足を踏み入れた。
「王都とまではいかないけど……せめてここに来るまで見てきた他の町――いや、村くらいまでは発展させないと!」
すっかり老人ばかりになってしまったうちの村は、住民が減少する一方。若い頃に鍛えたからと、やたら元気と体力が有り余っている老人たちが多いものの、若者がいなければ村存続の危機! 前はもっと年が近い――と言っても十は離れていた気がする――住民もいたけど、自然に囲まれた村に飽きて村を出て生活してしまうものが後を絶たないのだ。だいぶ辺鄙(へんぴ)な場所にあるし、顔見知りの行商人が二ヶ月に一回来る程度で、他の村やましてや町などほぼ交流もない超・超過疎地! それが私の出身、ユーホフ村の現状だ。
言ってしまえば私も村を飛び出した若者の一人ではあるけど、目的は村の活性化! できれば村の人口増加と、もうちょっとグレードの高い村への昇格。町クラスまでいければいいけど、ものすごく田舎だし、行商とかの不便さもあるからせめて村。まともな村。それなりに人がいて、同じ領内でも「ユーホフ? どこそれ(笑)」とか言われないちゃんと認知される村!!
……とはいえ、正直私がどこまで何ができるなんてわからないし、なんならただの出稼ぎにしかならない可能性のほうが高い。とても高い。大陸の端っこからでもうっすら見えると言われてるガゼーナ山より高い。
でも、小さな一歩でも、積み重ねればいいだけだ。最終的に村が潤うのであれば、何も私の手柄じゃなくたっていい。もっと住みやすくなれば、それで。
「まずはここから、だよね」
伸びをひとつして空を見上げる。
今日は快晴。いい天気だ。
何かいいことが起きそうな気がする!
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