一人の少女の物語

「神である私やお姉様を超える――創造主様・・・・の存在を」

「っ!?」


 女神ヘカテイアの口から放たれた言葉に、僕は息を呑んだ。


「うふふ……七年前のあの日・・・、創造主様の存在を見つけた時には、心が震えました……! それこそ、お姉様やこの世界の“浄化”など、どうでもよくなるほどに!」


 恍惚こうこつの表情を浮かべ、その真紅の瞳で僕を見つめる女神ヘカテイア。

 その姿は、女神ヘカテイアを崇める教団の連中と同じだった。


 ……この女は、僕が原作者・・・であることを知っている。


「ギ、ギル……これは一体、何がどうなっているのですか……? 目の前にいるソフィアが女神ヘカテイアで、どうしてギルにあのような眼差しを向けているのですか……?」

「…………………………」


 不安に押しつぶされたような顔で、縋るように尋ねるシア。

 そんな彼女に、僕は答えるすべを持たない。


「あなた様の存在を知り、私は今までバルディリアの民に向けていたその力を、全てあなた様のそばへと向かうために注ぎました! これならば、たとえ私がこの世界に顕現けんげんしていなくても動かすことは・・・・・・可能ですから・・・・・・!」


 そうか……女神ヘカテイアは、本来バルディリアの者達に向ける力を、全て僕と接触するために投入したのか。


「うふふ! 本来なら、創造主様……いえ、ギルバート様はこのソフィアと結ばれ、あなた様の隣にいる憎むべき女に排除される運命。なら、この私が顕現けんげんするのに相応しいは、ソフィアをおいて他ありません!」

「…………………………」

「ですので私は、本来のである女を八年前にすぐに消し去り、あとはあなた様が創りし世界のその時・・・が来たあかつきに、ソフィアとして顕現けんげんするだけ……!」


 女神ヘカテイアはひざまずき、両手を組んで祈るような姿勢を見せた。


「ですが……うふふ、シェイマは全て自分の意思でソフィアをにして私を顕現けんげんさせたと思っていたでしょうね……いいえ、この八年間の全てが、自分の意思だと勘違いしているのですから、滑稽こっけいですね」


 地面に転がるシェイマ=イェルリカヤを見やりながら、女神ヘカテイアがケタケタと愉快そうにわらう。


 だが。


「なのにこの馬鹿は、私が顕現けんげんしてその支配を解いた途端、聖女はともかく、あなた様に危害を加えるような真似ばかりをしました! あのようなくずを操ってあなた様の大切なお身体に傷をつけ、さらにはその地位を汚すようなことを!」


 その表情を怒りの表情へと変え、シェイマ=イェルリカヤを忌々しげに睨んだ。


「といっても……うふふ、王室から受けた不利益の数々は、ギルバート様の策だったのですが。おかげで私も焦ってしまいました……」


 そう言って、女神ヘカテイアはクスリ、と微笑んだ。


「さて……これでギルバート様も、あなた様の隣に相応しいのはそこな傷女・・か、それとも、本来結ばれるべき相手で、かつ、女神であるこの私なのか、お分かりいただけたかと思います」


 こうべを垂れ、静かに告げる女神ヘカテイア。


「……一つ聞きたい。たった今告げた『傷女・・』という言葉を、別人である・・・・・貴様がどうして使うんだ?」


 僕は疑問に思ったことを、低い声で尋ねた。

 小説では、となった女の子の人格は、全て女神ヘカテイアによって抹消されてしまった。

 この女が『傷女』と呼ぶのは、本来はあり得ないはず。


「うふふ、やはり疑問に思われましたか。それについては、この私も分かりません」

「分からない?」

「はい。ソフィアの中で目覚めた瞬間、どういうわけかこの女の人格の一部が、私という存在と混ざり合ってしまったようなのです。ひょっとしたら、であるソフィアにも、あなた様への想いというものがあったのかもしれません」


 そんな説明を受け、僕は思わず顔をしかめた。

 はっきり言って、僕からすればただの迷惑だ。


「さあ、もうよろしいでしょう? あなた様にその傷女・・は相応しくありません。本来の人格であるギルバート=オブーブルックスバンクが結ばれるべきはソフィア=プレイステッド。そして、創造者・・・たるあなた様には、世界の最高の存在である、このヘカテイアこそが相応しいと」


 左胸に手を添えながら、自信に満ちた瞳で僕を見つめる女神ヘカテイア。

 だけど、この女は盛大に勘違いをしている。


「はは……馬鹿だなあ」

「? 馬鹿、とは……?」


 クスリ、と笑った僕の言葉を聞き、女神ヘカテイアが訝しげな表情で尋ねる。


この世界・・・・で最高の存在は、女神ヘカテイアでも、女神ディアナでも、ましてや僕でもない」


 だって。


「この世界は……この物語は、僕がただ一人愛する、“フェリシア=プレイステッド”の物語なんだから」

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