冥府の女神、降臨

「大丈夫です。この私が、その売女ばいたからあなた様をお救いいたします。あなた様のたった一人のつがいである、このソフィア=プレイステッド……ヘカテイア・・・・・が!」


 そう叫んだ瞬間、ソフィアの瞳がエメラルドからルビーのように紅く輝いた。


「この……紅い瞳は……まさかっ!?」


 それを見た瞬間、僕は思わず叫んだ。

 僕の書いた原作小説において、紅い瞳を持つ女性キャラはたった一人しかいない。


 この世界において、本当の聖女であり女神ディアナの代行者である主人公、フェリシア=プレイステッドと対をなす唯一の者。


 ――冥府の女神、ヘカテイア。


 だ、だが、女神ヘカテイアのとなる者が物語に登場するのは、今から二年後だろう!?

 しかも、そのの女の子はヘカテイア教団の構成員の一人で、一年後に王立学院にバルディリア王国から留学してくるはずで……なのに!?


「どうして貴様が、女神・・ヘカテイア・・・・・なんだ!?」

「っ!? ギ、ギル!?」


 こらえ切れずに叫んだ僕を見て、シアが驚いた表情を見せる。

 だけど、今の僕はシアに構っている余裕はない。


 このあまりにも想定外の事態に、頭の中が混乱を極めているのだから。


「ウフフ……やはりお分かりになられるのですね、ギルバート様。そうです、私はそこにいるフェリシア……いえ、女神ディアナの妹にしてこの世界を“浄化”せし存在……ヘカテイアでございます」


 僕がヘカテイアだと気づいたことが余程嬉しかったのだろう。

 ヘカテイアは、パアア、と咲き誇るような笑顔を見せた。


 あの僕とシアが知っている、ソフィアが一度も見せたことがない笑顔を。


 だけど。


「……どうして女神ヘカテイアが、ソフィアの中にいるんだ? 貴様とソフィアに、接点は一切ないはずだろう?」

「うふふ……そこに転がる、あろうことかギルバート様に害をなそうとした不届き者が、このソフィアに『降臨の宝珠』を飲ませたのです。聖女の妹であるソフィアなら顕現けんげんできるのではないかと考えたそうです……って、ギルバート様がお聞きになりたいのは、そういうこと・・・・・・ではありませんよね?」


 そう言うと、ソフィア……いや、女神ヘカテイアはクスクスと笑った。

 その表情には一切悪意などなく、ただ、純粋に。


「簡単です。となるべき女は、この私が処分した上で・・・・・・、あの不届き者にソフィアをにするよう導きました」

「処分!? それに導いただと!?」


 馬鹿な……この世界に顕現けんげんもしていないはずなのに、どうしてそんな真似ができるんだ!?


「うふふ、たとえこの世界に現身うつしみがないとしても、その程度・・・・は可能です。そもそも、ヘカテイア教団……いえ、バルディリア王国をここまで大きくしたのは、この私なのですから」

「……それじゃ答えになっていないぞ?」

「はい。ですのでこれから、ギルバート様にご説明いたします」


 女神ヘカテイアは恭しく一礼すると、事の仔細しさいについて説明を始める。


 女神ヘカテイアは、姉である女神ディアナによって創造されたこの世界が、争いの歴史を繰り返しているのを目の当たりにし、全てを“浄化”することを考えた。

 そのため、遥か昔にこの世界に介入しようと地上に姿を現すと、そんな妹を危惧していた女神ディアナが同じく地上に現れ、争いとなった。


 長い戦いの末、女神ヘカテイアは女神ディアナに敗れ、今のバルディリア王国のある地に封印された。


 だけど、封印されたバルディリアの地で姉への復讐とこの世界の“浄化”にさらに想いを募らせ、その怨念ともいうべき思念がバルディリアに住む人間に影響を与えた。


 バルディリアの人間は、生まれながらにして女神ディアナへの憎悪と“浄化”への憧れを抱くようになり、結果として女神ヘカテイアを崇拝する国、バルディリア王国が誕生した。


 そして、女神ヘカテイアの布教と世界侵略、それを実行するために、ヘカテイア教団がバルディリア王国で組織された。


 ……うん、ここまでは前世の僕が考えたシナリオのとおりだ。


 だが。


「……それはあくまでも、貴様の思念が影響を与えたに過ぎない。さすがにそんな詳細な行動まで制御するなんて不可能だ」

「いいえ、それが可能なのです。今までの私は、全てのバルディリアの民に“浄化”とお姉様の存在の排除を植え付けるため、力を注ぎ続けました」


 僕の言葉に、女神ヘカテイアが静かにかぶりを振る。


「ですが、あの日・・・……私は見つけてしまったのです」

「見つけた? 一体何を……」


 女神ヘカテイアの言葉の意味が分からず、僕はおずおずと尋ねた。


 すると。


「神である私やお姉様を超える――創造主様・・・・の存在を」

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