思わぬ乱入者

「その程度の実力で、この魔法使いの最たる存在であるこの私を倒せるはずがないでしょうッッッ!」


 シェイマ=イェルリカヤがその顔を醜悪なものに変え、犬歯を剥き出しにして吠えた。

 それと同時に、彼女の両手には膨大な魔力が渦巻く。


 また、数多くの教団の連中の命を犠牲にし、このブルックスバンク家の広大な庭に、巨大な怪物・・が出現した。


 その高さは王都でも一際大きい我が屋敷を超え、背中には堅牢な甲羅をまとい、四肢は樹齢一万年の巨木に匹敵するかのような太さを誇る。


 これこそ、小説本編にて王立学院を破壊し尽くした巨獣、“ベヘ=モス”。

 そして、クリスや一万の兵達によってすぐに退場することとなる、憐れなだ。


「みんな! 撃てえええええええええッッッ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 クリスの張り裂けんばかりのと共に、一万の兵達が雄叫びを上げて何台もの破城槌を突撃させ、ゆうに二桁を超えるバリスタから巨大な槍をベヘ=モスに撃ち込んでいく。


「ギュオオオオオオオオオオオオオッッッ!?」


 まさか登場した途端に、こんな一方的に攻撃を受けるとは思わなかったのだろう。

 ベヘ=モスはその超巨体をよじらせ、悲鳴を上げながらその場で暴れる。


 だが。


「まだまだ! 第二陣、突撃いいいいいいいいいッッッ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 間髪入れずにクリスは指示を出し、破城槌がその太い四肢目がけて突撃する。

 すると、ただでさえ巨大な身体を支える四肢が集中的に攻撃を浴びて踏ん張りがきかなくなってしまっては、ベヘ=モスはその腹をただ地面に落とすしかない。


 そう……これこそが、小説本編においてクリスと王国軍がベヘ=モスを倒した戦術。


 四肢を全て破壊され一切の身動きが取れなくなったベヘ=モスには、遠距離からバリスタを射かけられ、ただ悲鳴だけを上げて死ぬ未来しか残されていない。


「……せっかく教団の兵士達を大勢犠牲にしたのに、これじゃ浮かばれないな」

「…………………………」


 忌々しげに睨むシェイマ=イェルリカヤに対し、僕はあおるように肩をすくめておどけてみせた。

 戦力として大いに期待していたベヘ=モスが、こんなことになってしまったんだ。残された教団の兵士も王国軍によって一人、また一人と討ち取られてゆき、もはやここから逆転するすべはない。


「……一つ、教えてください」

「?」

「小公爵様……あなたはどうして、ここまで用意周到に全てを準備できたのですか? 我々に襲撃させるように謀ったとはいえ、まるでベヘ=モスが戦いに投入されるとあらかじめ予測していたかのように」

「…………………………」


 シェイマ=イェルリカヤが声を絞り出して質問するが、僕は口の端を持ち上げるばかりで無言を貫く。

 そのほうが、この女の恐怖心を煽ることにもつながるし、そもそも僕がこの世界を創った小説の原作者だなんて、言えるはずもない。


 これは、愛するシアにだって秘密にしているのだから。


「ふふ……あなたはここで終わる・・・・・・のですから、今さらそんなことを気にしても仕方ありませんでしょう? 確かなことは、今日がヘカテイア教団の終焉の日だということです……ああ、そういえば教団では、それを『浄化』と呼ぶのでしたね」


 僕の胸に寄り添うシアが、シェイマ=イェルリカヤを見つめながらクスリ、とわらった。

 思えば、シアの不幸はこの女による呪いから始まったと言っても過言じゃない。


 最初から聖女の力が解放されていれば、あの妹、ソフィア=プレイステッドと比較され、蔑まされることもなく、王国……いや、西方諸国の全ての者から賞賛と羨望を浴びていたはずなのだから。


「いずれにしましても、ギルに危害を加えるおそれがある以上、あなたにはここで全てを終えていただきます。覚悟なさってください」


 そう告げると、シアは一切の感情を失くしたかのような表情で、ス、とシェイマ=イェルリカヤへと手を伸ばした。


 その時。


 ――ずぐり。


「ガ……フ……ッ!?」

「「っ!?」」


 突然、シェイマ=イェルリカヤの腹から血に塗れた一本の細く白い腕が突き出し、彼女は吐血した。


「うふふ……シェイマ、教えて差し上げましょうか? 小公爵様があなたの魔獣に対してここまで準備万端なのは、全てを・・・ご存知・・・だからよ」

「あ……ソ、ソフィ……ア…………?」


 血と共に漏れたシェイマ=イェルリカヤの言葉を聞き、僕とシアは声を失う。

 ソフィア……? それに、どうしてこの女は、ソフィアを付けで呼ぶんだ……?


 何より。


「オマエは……」

「うふふ、ごきげんよう……お姉様、そして……愛しの・・・ギルバート様」

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