王子達の異変
「貴様のせいで……僕は……僕は……っ」
鞘に納められたままの剣で押し込む、黄金の瞳を血走らせ、憎しみに満ちた表情を浮かべるショーン王子だった。
「……これは、どういうつもりですか?」
「どういうつもり? そんなこと、僕に聞かないと分からないのか?」
ショーン王子に鋭い視線を向けて尋ねると、彼は吐き捨てるようにそう言った。
だが……これが本当に、前世の僕が書いたヒーローの一人だというのか?
憎しみに囚われ、分別も分からなくなっているような、この目の前の男が。
「知りませんよ。それよりこれは、第二王子であるショーン殿下が、僕を……ブルックスバンク家に喧嘩を売っていると理解していいですか?」
僕は強烈な殺気を向け、ショーン王子を威圧する。
今までのこの男であれば、それだけで狼狽え、取り繕う姿勢をみせるはず。
なのに。
――ガンッッッ!
「っ!?」
「黙れ! たかが小公爵風情が、この僕に偉そうな口を利くな!」
さらに表情を険しくさせ、ショーン王子は鞘に納めた剣で何度も僕を打ち据える。
明らかに様子がおかしい……っ!?
「やめなさい!」
「っ!?」
僕がこの男を制止させようと手を伸ばすよりも早く、シアが氷結系魔法を放ち、その全身を拘束した。
今は、剣を振りかぶった状態でピクリとも動けない状態になっている。
「ふう……それで、もはや王族であることすら二度と名乗れなくなるような、こんな馬鹿な真似をした理由を教えてくれませんか?」
「っ! ウルサイ! 早くこの氷を解け!」
聞く耳を一切持たず、憎悪に満ちた瞳で僕とシアを睨みながら叫ぶショーン王子。
この様子は、どう見ても正常とは思えない。
「『うるさい』、ですって……?」
「ああそうだ! この僕を誰だと……っ!?」
「あなたこそ、
怒りのあまりその身体から魔力が溢れ出し、シアの全身を吹雪が覆う。
あ……これはさすがにまずいかもしれない。
「シ、シア……とりあえず落ち着いて……っ!?」
苦笑いしながらシアを止めようとした瞬間、僕はシアの溢れ出る氷結系魔法もいとわずに、彼女に覆いかぶさった。
その瞬間。
――ずくり。
「うぐ……っ!?」
僕の背中が、焼けるような熱さを感じた。
この、感触は……。
「貴様のせいで……貴様のせいでえええええええええッッッ!」
倒れる僕とシアを見下ろし、背中を一突きしただけでは飽き足らないパスカル皇子が、なおも抜き身の剣を振り上げている。
「っ!? ギル……ギル……ッ!」
僕の異変に気づいたシアが、慌てて最上級回復魔法をかける。
そうしている間にも、パスカル皇子の刃が眼前に迫っていた。
だけど。
「やめろッッッ!」
クリスが体当たりをし、パスカル皇子がよろめいた。
その隙に僕は一気に立ち上がると。
――ガンッッッ!
「ぷげ……っ!?」
パスカル皇子の胸襟を素早くつかみ、強烈な頭突きを顔面にお見舞いしてやった。
身体強化魔法を全力で使っての本気の一撃だ。ひょっとしたら、パスカル皇子は顔面を陥没させ、もう助からないかもしれない。
でも、そんなことは知ったことか。
今の僕は、これ以上ないほど怒りに満ちているのだから。
「貴様ああああああああッッッ! よくも……よくもシアを手にかけようとしたなッッッ!」
既に物言わぬパスカル皇子に乗りかかり、僕は渾身の力で拳を打ち据える。
頭が陥没しようが、身体中の骨が砕けようが、そんなことは一切お構いなしに。
なのに。
「……何だ、この手は」
頭がざくろのように潰れたパスカル皇子は、あらぬ方向に複雑に折れ曲がっている手で僕の拳を受け止めた。
どう見ても、
「ヒュー!」
シアが魔法でパスカル皇子を氷漬けにすると、僕は素早く離れて彼女の
「シア……お怪我はありませんか……?」
「はい……ギルが守ってくださったおかげで、私は大丈夫です。それより、咄嗟に回復魔法で治療はしましたが、大丈夫ですか……?」
「それこそ、問題ありません。あなたのおかげでコイツに開けられた傷は、綺麗に治っております」
今にも泣き出しそうな表情で見つめるシアに、僕は努めて静かな声でそう告げると、完全に氷と化したパスカル皇子を見下ろした。
すると。
「あああああ! 小公爵ううううううううッッッ!」
氷漬けにされた身体から顔だけを
パスカル皇子といい、本当にどうしたんだ……?
「ね、ねえ……こんなの、どう考えてもおかしいよ……」
そんなショーン王子や床に転がるパスカル皇子を見て、クリスがその小さな身体を震わせる。
「ショ、ショーンお兄様……っ」
いつの間にかこの場にいるクラリス王女も、二人の王子の様子に言葉を失っている。
「ギル、いかがいたしますか……?」
「……しばらくは、王室の沙汰を待つことになりそうです」
駆けつけた王立学院の警備兵を見やりながら、不安そうに尋ねるシアに、僕はそう告げた。
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