乱心

「私、ソフィア=プレイステッドはお二人のことは一切……それこそ、一かけらほどの情もございません。特にショーン殿下、セシリー妃殿下にもお伝えいただきたいのですが、私を手に入れて女神教会の支持を取り付けようとしても、徒労に終わるかと思います」

「っ!? ま、待ってくれ! 僕は……!」

「ソフィア!? それはあんまりだろ!?」


 ソフィアから抑揚のない声でキッパリと三行みくだり半を告げられ、二人の王子は明らかに狼狽うろたえた。


 だけど、もう用はないとばかりにソフィアは顔を背け、二人に一瞥いちべつもくれない。

 こうなってくると、本当だったらシアと共にラスボスに挑む二人の王子としては、憐れな末路だな……死んでないけど。


「……ソフィア、いいの? もはやあなたは、女神教会内でも立場が怪しいんでしょう? これ以上支持基盤を失ったら、それこそ存在価値を失ってしまうわよ?」

「うふふ! まさか! そもそも私は、教会にも王室にも一切期待なんてしていませんよ! 運命の御方・・・・・に横恋慕する売女ばいた、女神ディアナを崇拝するような連中には!」


 シアの皮肉を受けるも、ソフィアは何が面白いのか、両手でお腹を押さえながら愉快に笑う。

 あれほど仮面を被って本性を偽っていたこの女が、まるで気にも留めずに下品な姿を露わにして。


「うふふふふ……はあ、お腹がよじれるかと思いましたわ。ではお姉様……それと、小公爵……ギルバート様・・・・・・


 あれほど笑っていたソフィアは急に真顔になり、姿勢を正して僕とシアを見据えると。


「では、ごきげんよう」


 微笑みを浮かべながら優雅にカーテシーをして、自分の席へと戻っていった。

 これまでの態度からのあまりの変化に、僕とシアは声を失ってしまった。


 あの女、一体何を考えている……?


「……ギル、気にしていても仕方ありません。私達も、自分の席に着きましょう」

「は、はい……」


 少し戸惑いの表情を浮かべるも、平静を装うシアに促され、僕達も席に着いた。

 だけど……ソフィアの奴、明確に女神教会……いや、女神ディアナを毛嫌いしていたな。


 本心は分からないが、ソフィアは聖女の名をほしいままにして女神教会を利用しながら好き放題していたものの、少なくとも女神ディアナに対して唾を吐くような真似をしたことはなかった。


 だが、下品に笑いながらも、あのエメラルドの瞳に宿った感情……あれは、憎悪と侮蔑だった。


 ……いや、そんなことを考えても仕方ない。

 僕とシアは、これまでのシアに対して行ってきたことについて、あの女に後悔させるだけだ。


 かぶりを振り、僕は気を取り直して午前の授業に臨んだ。


 ◇


「さあシア、早く屋敷へ帰りましょう」


 一日の授業が全て終わり、僕はシアに声をかけた。

 とにかく、シアと二人きりになりたくて仕方がない。


 今の僕はシアへの想いがあふれすぎて、自分自身でも制御が利かなくなっている。


「ふふ……はい、私もあなたとその、一緒に……」


 うん、シアも僕と同じ思いみたいだ。

 その証拠に、シアは僕の制服の袖をつまみながら、こんなにもねだるような視線を送っているのだから。


 その表情に、仕草に、僕は思わずシアに飛びつきそうになるが、それは二人きりになるまでの我慢だ。


「ではシア、行きましょう」

「はい……」


 シアの手を取り、僕達は教室の出口へと向かう……んだけど。


「じー……」

「ええと……何かな? クリス」


 何故かクリスが、僕とシアを遠い目で見ている……。


「いや、別にいいんだけどねー……でも、もう少し弁えてくれると嬉しいかな」


 そう言うと、クリスは肩をすくめてプイ、と顔を背けてしまった。

 ウーン……確かに、クリスには悪いことをしているという自覚がないわけでもない。


 だけど、それすらも度外視してシアを求めようとしてしまう自分もいて……。


「ほ、ほら……クリス、帰りましょう……?」

「……うん」


 少し気まずい表情を浮かべるシアが、口を尖らせるクリスの背中を押して一緒に教室を出るように促す。

 そんな彼女は僕を見て、少し困ったように苦笑した。


 ……まあ、こればかりは仕方ない、か……。


 僕は視線を落とし、シアとクリスの後に続いて教室を出た。


 その時。


「……貴様のせいだ」


 突然、背後からそんな恨みがましい声が聞こえ、僕は一瞬で身体強化魔法を発動させた。


 ――バキッ!


「っ!?」


 僕は慌てて後ろへと振り返り両腕でガードすると、鈍い音と共に腕に強い衝撃が走る。


 それは。


「貴様のせいで……僕は……僕は……っ」


 鞘に納められたままの剣で押し込む、黄金の瞳を血走らせ、憎しみに満ちた表情を浮かべるショーン王子だった。

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