対抗措置

 ――コン、コン。


「失礼します」


 マリガン卿の執務室の扉をノックしてから中に入ると。


「! フェリシア様!」


 僕を無視して、シアの元に駆け寄るマリガン卿。

 ま、まあいいんだけどね……。


「コホン……実は、マリガン卿にご相談したいことがありまして……」

「……小公爵様が私にご相談したいこと、ですか……?」


 一瞬、シアとの二人きりの空間を邪魔されたことで眉根を寄せるマリガン卿だったが、僕の様子から察したのか、彼女の表情が真剣なものへと変わる。


「はい。実は、呪いや洗脳といった類のものを防ぐためのものがあれば、教えていただきたいのですが……」

「呪いや洗脳、ですか……」


 そう呟くと、マリガン卿は顎に手を当てながら思案する。


「……一応お伺いしますが、誰かが呪いや洗脳を受けている……というわけではないのですね?」

「はい、あくまでも予防策としてです」

「分かりました」


 そう言うと、マリガン卿は机の引き出しから羊皮紙を数枚取り出し、魔法陣を描き始めた。


「これは?」

「こちらの魔法陣は、呪いの対象となっている本人の身代わりとして呪いを受けるもの。そしてこちらは、洗脳魔法に限らず能力低下などの効果を持つ魔法を防御する魔法陣です」


 おお……さすがはマリガン卿、そういったものへの対抗策を持ち合わせていたか。


「ですが、防げるのは一つの魔法陣につき一回のみ。それに、呪いや魔法が強力だった場合、これでは防ぎ切ることはできません」

「そ、そうですか……」


 まあ、そんなすごいものが都合よくあったりはしないか……。


「ですが、攻撃魔法に特化した私よりも、最高峰の回復魔法の使い手であるフェリシア様が魔法陣に魔力を込めれば、素晴らしい効果を発揮します」

「! ほ、本当ですか!」

「はい」


 そうか……確かにシアは本当の聖女なのだから、回復魔法ではこの世界で右に出る者はいない。

 なら、その効果は絶大だ。


 これなら、たとえヘカテイア教団の教皇、シェイマ=イェルリカヤの呪いや洗脳魔法であっても、防ぎ切れるかもしれない。


「マリガン先生、ありがとうございます。でしたら早速、この魔法陣に魔力を込めてみます」


 そう言うと、シアはマリガン卿から魔法陣が描かれた羊皮紙を受け取り、その魔力を込めた。

 魔力が注入され、魔法陣が輝きはじめる。


「ふう……いかがでしょうか?」

「さすがはフェリシア様、完璧です」


 シアがおずおずと尋ねると、マリガン卿は満足げに頷いた。

 まるで、自分の手柄であるかのように。


 あはは……本当に弟子であるシアが可愛いんだな。


「この魔法陣は、常に肌身離さず持っていないと効果がありません。だから、絶対に忘れてはいけませんよ?」

「はい、ありがとうございます」


 僕とシアはマリガン卿にお礼を言うと、執務室を後にした。


 ◇


「ふうん……呪いや洗脳から身を守る魔法陣、ねえ……」


 その日の夜、僕達はクリスに魔法陣が描かれた羊皮紙を手渡すと、不思議そうな顔をしながらまじまじと眺めた。


「ああ、ヘカテイア教団は何でもあり・・・・・だからな。用心に越したことはない」

「うん、分かったよ。僕も忘れずに持ち歩くようにする」

「絶対だぞ? クリスは僕の大切な親友なんだ。何かあったら困るからな」

「ふえ!? え、えへへ……ありがと」


 頬を赤らめ、口元を緩めながら嬉しそうにするクリス。

 既に断っているとはいえ、彼女の想いを知っているが故に胸が痛い。


「じゃあ僕達はモーリス達にもこれを配ってくるよ」

「う、うん」


 クリスと別れると、モーリス、ゲイブ、アン、ハリード、リズにも渡す。

 ジェイク達騎士団の面々はヘカテイア教団にそこまで面も割れていないので、魔法陣がなくてもそこまで心配はいらないだろう。

 というか、仮に騎士団全員が洗脳されたとしても、ゲイブ一人にすら相手にならないからな。


「さて……これで魔法陣は配り終わったし、僕達も休みましょうか」

「は、はい……」


 そう告げると、何故かシアは頬を赤らめながら、少し緊張した様子で返事をした。

 どうしたんだろうか……?


「シア……?」

「ふあ……い、いえ……部屋へ戻りましょう……」


 彼女の顔をのぞき込みながら声をかけるが、可愛い声を漏らし、足早に部屋を目指す。

 ま、まあいいか……。


 僕はそれ以上考えないようにして、シアと一緒に部屋へと戻った。


「ふう……」


 シアと別れ、ベッドに寝転びながら今日の結婚式のことを思い出す。

 彼女の不安を取り除くため、強引に結婚することになったけど……シアにウェディングドレスを着せてあげられなかったことや、たくさんの人の祝福を受けさせてあげられなかったことへの罪悪感と共に、彼女と夫婦になれたことへの幸福感で、胸が一杯になる。


 僕は……シアと、結婚したんだ……。


 嬉しい。

 心の底から嬉しくて仕方がない。


 そんな喜びを噛みしめながら、僕は思わず何度もベッドを叩いた。


 その時。


 ――コン、コン。


「っ! は、はい!」


 シアと僕の部屋を繋ぐ扉がノックされ、僕は上ずった声で返事をすると、慌ててベッドを降りて扉を開ける。


 そこには。


「ギル……」


 少し大胆なナイトドレスを身にまとい、その白い肌を赤く染めたシアがいた。


※※※※※


投稿開始しました!


「弟の策略により命を落とした不器用な冷害王子は、最後まで祈りを捧げてくれた、婚約破棄した不器用な侯爵令嬢のために二度目の人生で奮闘した結果、賢王になりました」


https://kakuyomu.jp/works/16817139556510359926


メッチャ面白いのはお約束します!

ぜひぜひ、お読みくださいませ!

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