ソフィアの呪い、あるいは洗脳

「枢機卿、本当にお世話になりました」

「ありがとうございました」


 結婚式を無事に終え、女神教会の玄関で僕とシアは深々と頭を下げた。


「いえいえ、お二人に幸あらんことを」

「では、失礼します」


 枢機卿と別れ、僕達は馬車に乗り込んでまた学院へと戻る。

 今からなら、ギリギリ午後の最後の授業に滑り込めそうだ。


 だけど。


「ギル……私達、とうとう夫婦になったんですね……」

「はい……ですが結婚祝賀パーティーは、日を改めて盛大に行うことにしましょう」

「ん……」


 シアは蕩けるような笑顔を見せ、僕の胸に頬ずりをする。

 そのサファイアの瞳は、本当に満ち足りていた。


「ふふ……私達の結婚のこと、皆様にお伝えいたしますか?」

「そうですね……」


 シアの言葉に、僕は思案する。

 もちろん結婚したことは事実だし、何なら世界一の妻を迎えたことを、みんなに自慢したくて仕方がない。


 だけど。


「……しばらくは、僕とシアだけの秘密にしましょう。このことを知って王室をはじめ相手をするのも面倒ですし、それに……」

「……ヘカテイア教団と、私の実家・・・・のことがあります、ね……」


 僕の言葉を受け、シアがポツリ、と呟く。

 そう……本当の聖女・・・・・であるシアを狙うヘカテイア教団がこのことを知れば、ただで済ますはずがない。

 以前なら気にすることもなかったが、あの王都のテロ事件以降、連中は転移魔法陣によっていつでも王都へと侵入が可能になってしまっている。


 このマージアングル王国の武を司るブルックスバンク家と、最も脅威となる女神ナディアの代理人が本当の意味で結ばれたんだから。


 それに加え、元々シアが僕と婚約した経緯は、シアの父親であるプレイステッド侯爵がブルックスバンク家の乗っ取りを企てているからだ。

 ここまで険悪な関係になった中で、今でもそんな野望を抱いているとは思えないが、それでも野心家で馬鹿なあの男のことだ。何をしでかすか分からない。


「ですので、サッサとヘカテイア教団を叩き潰し、シアの実家にも分からせて、早く僕達の幸せな姿を見せつけてやりましょう」

「はい! そ、その……あなた・・・

「はうっ!?」


 唐突に放たれたシアの最強の言葉に、僕の心臓がとてつもなく速く鼓動を打った。

 こ、これは反則すぎる……!


「シ、シア……」

「あ……ん……ちゅ、ちゅく……」


 これ以上なく気持ちが昂ってしまった僕は、シアの紅い唇を少し強引に奪った。

 シアもまた、そんな僕の首に腕を回し、この唇を愛おしそうについばんでくれた。


 僕達は学院に到着するまでの短い間だったけど、ただ互いの唇を求め合った。


 ◇


「もう! 二人共、どこ行ってたのさ!」


 午後の最後の授業が終了するなり、クリスは眉根を寄せながら僕達に詰め寄る。


「あ、あはは……ちょっと外へ用事があって……」


 そのあまりの剣幕に、僕はたじろぎながら愛想笑いを浮かべた。


「ハア……もう、二人に何かあったんじゃないかって、みんな心配したんだよ?」

「申し訳ない……」

「ご、ごめんなさい……」


 うん、こればかりはクリスの言うことが正論だ。僕もシアも、何も言い返せない。


 でも。


「ふふ……」


 シアはといえば、僕と結婚したことの嬉しさで、クリスに叱られている最中だというのに口元が緩みっぱなしだ。もちろん、この僕も。


「……もういいよ。とにかく、次からはちゃんとボクに言ってからにしてよね」

「あ、ああ」


 半ば呆れながらも許してくれたクリスに、僕はもう一度頭を下げた。


「ところで早速だが、僕はマリガン卿に用事があるから少し外すぞ。何なら先に帰ってくれてもいい」

「う、うん。じゃあフェリシア、ボク達は帰ろう」

「あ……すいません、私もマリガン先生にお聞きしたいことがあって……」

「そうなの? 何だあ……じゃあ、ボクは先に帰るね……」


 そう言うと、クリスは肩を落としながら教室を出て行った。


「え、ええと……シアの用事というのは……?」

「ふふ、もちろん嘘です。ただ、もっとあなたと一緒にいたいから……」


 少し恥ずかしそうにはにかむシアに、僕は思わず抱きしめてキスしたくなる。

 く、くうう……僕の妻は、どうしてこうも可愛らしいんだ。


「それで、ギルは何の用事があるんですか?」

「え? あ、ああ……実はマリガン卿にお願いしたいことがありまして……」

「お願いしたいこと?」

「はい。彼女の執務室に向かいがてら、簡単に説明しますね」


 僕はシアの手を取ると、教室を出てマリガン卿のいる執務室へと向かう。


「実は、マリガン卿に呪い・・洗脳・・といった類のものから身を守るための対策を施してもらおうと思いまして」

「っ!? ギ、ギル、あなたの身に何かあったのですか!?」


 僕の言葉に、シアが目を見開いて詰め寄る。


「いえ、そういうわけではありません。ただ、今後そのようなことも想定して、できる限り予防しておこうというものですよ」

「そ、そうですか……」


 そう聞いて安心したのか、シアはホッと胸を撫で下ろす。

 ただ、どうして僕がそういったものから身を守ろうと考えたのは、ソフィアのエメラルドの瞳を見たから。


 あの瞳……絶対に、何かある。

 そうでなければ、この僕があんな女を気にかけるなんてことはあり得ないからね……。


 幸い、あれだけ僕の脳裏にこびりついていたソフィアの瞳は、シアと結婚したことによってシア一色になったおかげで、今では完全に頭から離れてくれたけど、どう考えてもおかしい。


 だから。


「……僕は、ほんの片隅であってもあの女のことを考えたくないんですよ。だから、もしソフィアが何かをしたのであれば、今のうちに予防線を張っておきたいんです」

「ギル……」


 結婚する前の僕なら、こんなこと絶対にシアには言ったりしなかっただろう。

 でも、シアは僕の妻になったんだ。なら、僕の考えや悩み、そういったものも含め全て彼女と共有したい。


 もちろん、その逆も。


「……私が不安に感じてしまったのも、そういったことがあったからなんですね。ギル、話してくださって、ありがとうございます」

「あはは……だって、あなたは僕の大切な妻ですから……僕の全てを、あなたに知ってほしいんです……」

「はい……」


 シアは幸せそうに頬を緩めながら、僕に寄り添った。


※※※※※


投稿開始しました!


「弟の策略により命を落とした不器用な冷害王子は、最後まで祈りを捧げてくれた、婚約破棄した不器用な侯爵令嬢のために二度目の人生で奮闘した結果、賢王になりました」


https://kakuyomu.jp/works/16817139556510359926


メッチャ面白いのはお約束します!

ぜひぜひ、お読みくださいませ!

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