結婚の提案と決意

「枢機卿……今すぐ、僕とシアの結婚式を行いたい」

「っ!?」

「い、今すぐですか!?」


 僕が放った言葉に、シアは息を呑み、枢機卿は驚きの声を上げる。

 でも……シアに安心してもらうためには、僕にはこれしか思い浮かばなかったんだ。


 それだけじゃない。

 僕自身、シアと同様に一抹の不安を覚えていた。


 僕の心が決してソフィアになびくことはないと分かっていながらも、アイツにエメラルドの瞳で見つめられてからというもの、どうしても頭からこびりついて離れない。


 あの、僕の心……いや、さらにその奥まで鷲づかみにするかのような、深緑の瞳を。


「シア……僕のあなたに永遠の愛を捧げる想いは、今も……未来永劫、変わることはありません。ですが、あなたがほんの僅かでも不安に思うのなら、僕は女神ディアナの前で誓います。あなたへの、永遠の愛を」

「あ……」


 もちろん、結婚したからといって想いが離れてしまうことなんて、どの世界でもよくある話だ。

 でも……それでも、僕はシアに誓いたいんだ。


 僕のこの想いは、決してシアから離れることはないのだと。


 だから。


「シア……どうか僕と結婚して、永遠の愛を誓わせてください……っ! 僕は……僕は、あなたじゃなきゃ駄目なんです! あなただけが欲しいんです……!」


 僕は跪き、シアの手の甲に額を当てて懇願する。

 狂おしいほどの心の叫びを、振り絞るように声に乗せて。


 すると。


「ああ……わた、私……っ」


 僕の頭上から、ぽたぽたと雫が落ちてくる。

 もちろん、僕が愛する女神・・の、透き通るような水色の瞳から溢れ出たものだ。


「シア……」


 そんな彼女の表情はとても苦しそうで、罪悪感に包まれていて、だけど、歓喜に震えていて……。


「私……私、あなたをこんなにも困らせてしまいました……こんなにも、苦しめてしまいました……っ。あなたは一度だって疑いようのない愛を、いつもくださっているのに……なのに、まるであなたを疑って……っ!」

「違います! シアは僕を苦しめてなんていない! あなたが不安に思ってしまったのも、全て僕が!」

「いいえ! 私は未だに一度目・・・の人生での出来事に縛られて、あなたを疑ってしまったんです! あなたがあの人・・・ではないことは、分かってるのに……なのに!」


 強く噛みすぎて、その紅い唇から血を流すシア。

 そんな苦しむ彼女を見ていられず、僕は。


「っ!?」

「シア……シア……僕の世界一愛するシア……お願いですから、もうこれ以上自分を傷つけるようなことはやめてください……僕は、あなたが苦しむ姿なんて見たくない……」

「ギル……ギル……ッ」

「僕は、あなたが好きなんです、どうしようもなく愛しているんです……っ」

「ギル……あああああ……っ!」


 僕とシアは、女神教会の玄関の前で、ただ涙を零しながら……声にならない声で泣きながら、お互い抱きしめ合っていた。


 ◇


「シア……シア……ッ」


 どれほど時間が経っただろう。

 たったの数分程度なのか、それとも一時間以上も過ぎたのか。


 でも、小さな肩を震わせるシアの温もりは確かに僕の腕の中にあって、その宝物・・を絶対に手放したくない僕がここにいて……。


「ギル……私……私……」

「シア……無理に、話さなくていいですよ……?」


 彼女の可愛らしい耳に顔を寄せ、そっとささやく。

 本当は、彼女から拒絶されるのが嫌で、気遣うふりをして卑怯な言葉を口にして。


「私、は……あなたと一緒になりたい……永遠に、一緒にいたい……」

「シア……」


 かすれた声でそう告げるシアの言葉に、僕は嬉しさで彼女の顔をのぞき込んだ。

 するとシアは、泣き腫らした顔で、蕩けるような笑みを浮かべていた。


「本当に、私は馬鹿ですよね……あなたはこんなにも愛してくださっているのに、私が笑顔になるだけで、それ以上の笑顔をくださるのに……」

「あ、当たり前です……あなたの笑顔は、僕をこれ以上ないほどの幸福を与えてくださるのですから……」

「ふふ……そんなことすらも忘れてしまっていたなんて……」

「あ……」


 そう言うと、シアは僕の胸をそっと押して、離れてしまった。

 そして、姿勢を正してサファイアの瞳で僕を見つめると。


「私は……フェリシア=プレイステッドは、愛する御方……ギルバート=オブ=ブルックスバンクと結婚いたします」


 シアは……世界一愛する女性ひとは、笑顔でお辞儀をした。

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