不安を取り除く、たった一つの方法

 僕とシアが王立学院に再び通うようになってから一週間。


 同じタイミングで入学することになったクリスやクラウディア皇女も学院生活にようやく慣れ、それぞれクラス内にも友達ができたみたいだ。


 なので。


「ゴメン、今日は彼女達と一緒にランチをする約束をしてしまって、その……」

「あはは、気にしなくていいよ。それより、みんな待っているみたいだから、早く行ってやれ」

「うん! それじゃ、後でね!」


 そう言って、クリスは笑顔でクラスの令嬢達と一緒に教室を出て行った。

 なお、たった一週間であるにも関わらず、親衛隊なるものができるほど、クリスは学院内でも大人気だ。特に女性から。


 ただ、アレは友人としてというよりも、中性的な雰囲気を持つクリスへの憧れ……いや、懸想していると言っても過言じゃない。

 僕としては、クリスと令嬢達の間には挟まってはいけないと、心に誓っている。


 うん、決して男があの間に挟まってはいけないのだ。


 ちなみに、クラウディア皇女は午前の授業が終わった直後にやって来た第一王子にエスコートされ、既に教室から出て行ってしまっている。

 その二人に遅れまいと、従者となったクリフが必死に追いかけていったなあ……まあ、頑張れ。


「ふふ、私達もお昼に行きましょう」

「そうですね」


 微笑むシアの手を取り、僕達も教室を出て食堂へと向かう。


 すると。


「うふふ、ごきげんよう」


 ちょうど食堂の入口で、ソフィアと取り巻き……第二王子とパスカル皇子に出くわしてしまった。


「ふふ、ごきげんよう。相変わらずそのような殿方をはべらせて、趣味が悪いのね。とはいえ、あなたにはお似合いだけど」


 そんなソフィアの挨拶に、シアはクスクスとわらいながら皮肉で返した。

 シアの言うとおり、完全に落ち目の第二王子とパスカル皇子には、同じく聖女のメッキが剥がれたソフィアに相応しいだろう。


 だけど。


「お姉様のおっしゃるとおり、私もそう思いますわ。ですので、今は私も自分を見つめ直し、研鑽に励んでいるところです」

「あら、そうなの? まあ、精々頑張ってね。ギル、行きましょう」

「え、ええ……」


 ソフィアの態度に驚いている僕の手を引き、シアは食堂へと足早に入った。


「……ソフィア、明らかに様子が違いますね」

「はい……一体どういうことなんでしょうか……」


 席に着くなり、僕とシアは顔を寄せ合いながら小声で話す。

 いつもなら、シアの皮肉に過剰に反応し、唇を噛んで悔しがるところなのに……。


「何より、私はともかくギルを見つめる瞳の色が、明らかに変わりました」

「僕を見つめる瞳、ですか……?」


 おずおずと聞き返すと、シアは無言で頷いた。

 そのサファイアの瞳に、不安と焦燥をたたえながら。


「……今までも、ギルを利用しようとソフィアがあなたに言い寄って来たことは何度もありましたが、その時のような打算的な雰囲気も感じません……」


 悲しそうな表情を浮かべ、シアが視線を落とす。


「シア……あなたもご存知のとおり、僕が愛しているのはシアただ一人です。それは、これからもずっと」

「もちろんそれは分かっています……ギルが私だけを愛してくれて、それは永遠に変わらないということも」


 そう言うと、シアは唇をキュ、と噛む。


「ですが……ですが、私はどうしても不安でたまらないのです……あなたが私から離れ、ソフィアの元へ……っ!?」


 今にも泣きだしそうになったシアの手を取り、僕は立ち上がった。

 ああ……あんなに自信を取り戻してくれたシアが……あんなに僕の愛を疑わなかったシアが、こんなにも苦しんでしまっている。


 だったら。


「シア、行きましょう」

「え!? ギル!?」


 僕は少し強引にシアの手を引いて、来たばかりの食堂の出口を目指す。

 その様子を見ていた生徒達……特にクリスやクラウディア皇女、クラリス王女達は、何事かというような表情を浮かべていたのが視界に入ったけど、僕は一瞥もせずに立ち去った。


「ギ、ギル、どこへ……!?」

「決まっています。今から女神教会へ行きます」

「女神教会へ!?」


 僕の言葉に、シアが驚きの声を上げた。


「ど、どうしてそのような場所に!?」

「…………………………」


 シアの問いかけに答えず、門前に控えていた馬車へとシアを乗せ、僕も乗り込む。


「すぐに女神教会へ行ってくれ」

「は、はあ……」


 困惑する御者は、首を傾げながらも王都にある女神教会の王国支部へと馬車を走らせる。

 シアは、僕と窓の外を何度も交互に見ながら、ますます不安そうな表情を浮かべた。


「そ、その……先程の私の言葉であなたの気分を害してしまったのでしたら、本当に申し訳ありません……」

「…………………………」


 泣きそうになりながら深々と頭を下げるシア。

 それでも僕は無言のまま、ただ外を眺めた。


 王都の中心に立つ白く大きな建物、女神教会を見つめながら。


「シア……どうぞ」

「はい……」


 女神教会に到着し、僕はシアへ手を差し出す。

 シアは、僕の手におそるおそる触れながら、ゆっくりと馬車から降りた。


「おお……! これはこれは小公爵様、それにフェリシア様、ようこそいらっしゃいました!」


 僕達の姿を見つけるなり、マージアングル王国における女神教会の統括責任者、ジェイコブ=コール枢機卿すうききょうが笑顔で駆け寄って来た。


 それもそうだろう。シアの呪いを解くためにした多額の寄付金のこともあるし、シアはシアでヘカテイア教団によるテロの一件以降、彼女を聖女に認定したくて仕方ないのだから。


「それで、本日はどのようなご用件で?」


 枢機卿は期待に満ちた目で、僕とシアを交互に見る。

 一方でシアはうつむき、僕の手を強く握りしめていた。


 まるで、僕から離れたくないと訴えるように。


 だから。


「枢機卿……今すぐ、僕とシアの結婚式を行いたい」

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